My Variegated Days

07

 大晦日はそのまま律が昼過ぎまで寝ていて、その後二人であれこれ年末年始の用意を買いに行き、律が作った鍋を囲んでテレビを見ながら年を越した。その後は知り合いの『陰陽師』のいる神社に集まった知り合いたちとわいわいと騒いで、1時頃には解散となった。
 まるでここ数日が嘘のように平和な、当たり前の年越し。
 初詣には行けない憂凛と、そして恐らく憂凛と一緒に年越しを迎えたであろう渚、連や部活の仲間たちには良いお年を、と明けましておめでとう、のやり取り。帰宅して眠って、起きて、律と改めて年始の挨拶を交わして朝食を食べた後、律は自分の家に帰る前に恭のことを実家まで送り届けてくれた。

「ごめんねえ茅嶋くん、いつもいつもうちの子が迷惑掛けて……」
「いえいえ、全然。俺も一人でいるよりは楽しく過ごさせてもらってるので。あ、この間はわざわざお野菜ありがとうございました。美味しかったです」

 実家にやってきた律と、出迎えてくれた母はお互いそんな挨拶を交わして。直後に恭を振り返った母に「アンタは本当に茅嶋くんに迷惑かけて!」と新年早々怒られる羽目に陥った。特に迷惑をかけた話はしていなかった気がするので何で怒られたんだろうとは思ったものの、ごめんなさいと笑っておく。

「あ、恭くん」
「はい?」
「遊びに行くんでしょ。その日に渚くんに恭くん迎えに来てあげてねって頼んだから、それまでは大人しくしとくんだよ」
「え? 松崎先輩?」
「うん。じゃ、俺ももう実家帰るから」

 言うだけ言って、律はじゃあね、と去って行ってしまった。
 渚はわざわざ恭を実家まで迎えに来るようなタイプではない。めんどくせえ、の一言で断られるのが目に見えている。状況が状況なので迎えには来てくれるかもしれないが、それはそれで大分と文句を言われるだろう。そういうことも加味した上で、わざわざ律から渚に連絡を取ってくれたのだろうと思う。律の頼みを渚が断ることはない――恭はその理由を詳しく知らないが、渚は律のファンらしいので。
 しかしそれは、遊びに行く日までは一人で外を出歩くな、ということだ。反省もしているし、それは大人しく従う他ない。とはいえ年始のこの時期、わざわざ郁真が隣県まで恭を襲いに来るとも思えない。そうやって気を抜くからいけないのだと首を振って、出掛けない、と心に決める。何かあってからでは、遅い。
 ひとまずは、いつも通り。恭は実家でおせちを食べ、雑煮を食べ、家族で改めて初詣にも行き。朝のジョギングは出来ないので、室内でできるトレーニングに切り替えて。空いた時間はゲームをしたり、『分体』や『アリス』と色々と話したり、だらだらとした正月を過ごした。
 こうして平和に過ごしていると、郁真に殺されかけたことなど忘れてしまいそうになる。しかしあれは確かに現実で、恭一人ではてない相手だ。

「次襲われたときはどうしようなー……」
「大丈夫よ、ちゃんと守ってあげるから。……だから持っていくの忘れたとか言わないで」
「う……気をつけます……」

 結局のところ、今は『彼岸』である『アリス』に頼るほか方法がない、というのは何とも情けない状況だ。情けない状況ではあるが、しかし仕方がない。
 命には、代えられない。


 迎えた1月3日。
 ぴんぽん、と軽いインターホンの音と共に、渚は恭の実家に現れた。

「……おう。明けましておめでとう」
「あけおめっす、松崎先輩! わざわざお迎えすいませんマジで」
「茅嶋さんの頼みだから別にいい。お前の迎えなんか茅嶋さんの手を煩わせるようなことじゃない」
「……松崎先輩にとってのりっちゃんさんが何なのか、俺ほんっとさっぱり分かんないんすけど」

 弟子入りでもしたのかと言いたくなってしまう。そんなことを言えば、きっと律は苦笑いするのだろうが。
 しかし、渚が一人で迎えに来たのは意外だった。てっきり何かしら理由をつけて憂凛と迎えに来るのではないかと思っていたのだが、憂凛のことは誘わなかったらしい。

「……ゆりっぺ先行ったんすか?」
「あ? 馬鹿狐なら白根と待ち合わせだよ。お前を迎えに行くっつったら一緒に行くってごねられたけどな」
「あ、なるほど。ゆっちゃんか」

 向かう先の遊園地は、恭の実家からの方が距離は近い。渚は少し通り過ぎて迎えに来てくれた、というような状態だ。それなら憂凛と佑月とは現地で集合した方が確かにいいだろうと納得して、渚と二人で駅に向かう。その道すがら、ふと思い出して恭は口を開いた。

「そういや松崎先輩、あれからどんなカンジっすか?」
「あ? 何がだよ」
「郁真くんのことと、『人喰狐』の話」
「……まあ、宮内の件については今んとこ憂凛のストーカーの『シャーマン』だってこと以上は無理だろうな。お前が狙われてる理由なんざ俺には分かんねえよ」
「……ですよねえ。……俺実はあれからまた襲われたんすけど」
「は?」
「あ、襲われた次の日に」
「馬鹿じゃねえの……いや馬鹿だったな……」
「りっちゃんさんが助けに来てなきゃマジで殺されてたかもしんないっす。りっちゃんさんが『カミサマ』追っ払ってくれて、それで郁真くんが逃げてって助かったっていうか」
「……あー、『リコール』か。お前まじであんま茅嶋さんに迷惑かけてんじゃねえぞ馬鹿」
「ハイ……」

 これ以上ないほど怒らせてしまったことは、渚には黙っていた方がいいだろう。そんな話をすれば、ひたすら渚の説教を聞くことになってしまうのは目に見えている。

「……まあ、宮内の件と『人喰狐』の件な。分かんねえなと思いながら色々調べてはいたんだが、ちょっと引っ掛かることがあって」
「引っ掛かること?」
「柳川。お前、最近ちょっと何か変だと思ったことないか?」
「何か? 変?」

 渚が何を指してそんなことを言い出したのかが分からない。恭の反応ですぐに理解できたのだろう、渚からは大きな溜め息が返ってきた。
 しかし、変なことと言われても全く想像がつかない。実家に帰ってからのこの2日は家族と出掛けた以外は引きこもり状態で、両親と『分体』と『アリス』以外とは話していない。それより前は初詣で知り合いに会ってはいるが、皆特に変わった様子があるようには思わなかった。どこまでもいつも通りの、日常だった。

「まあ死ぬほど鈍感なお前には元から期待はしてなかったけどな……。いい、後で確認してから話す」
「はあい。あ、そうだ、郁真くんの件なんすけど、やっぱゆりっぺにも話聞いてみよっかなって思ってるんすけど」
「……いやあの馬鹿狐にお前が襲われただなんて話したらマジでキレんの目に見えてんじゃねえか……どうやって止めんだ……」
「えーっと……襲われたとかは言わないで、何か嘘ついてみる! とか?」
「柳川は嘘吐くのが下手すぎて秒でバレる」
「うぐ」

 そう言われてしまうと反論ができない。元々隠し事も嘘を吐くのも苦手だ。
 しかし、郁真の話を聞けるのはあとは憂凛だけだ。憂凛に告白したという郁真が、きっとフラれたのだろうということだけは分かる。付き合っているという話であれば、憂凛は必ず郁真を恭に紹介していただろう。恋人にはなれなかった、だからストーカーのようなことになっている。クラスメイトの男子生徒を殴ったり、恭を襲って何になるのかは分からないし、郁真が考えていることはどうにも想像がつかない。彼という人間が理解できるほど、会話もできていない。

「まあ馬鹿狐にはそのうち嫌でも話さなきゃいけなくなるだろ。当面は放っとけ」
「えー……俺さっさと解決したいんすけど……一人であちこち行けないの地味に不便で困ってるんすけど……」
「諦めろ」
「何で!?」

 解決する気のない返事に肩を落とす。しかし心配をかけてしまうのはともかく、この件で困っているのは恭だけであるのは事実だ。
 今の恭では絶対に勝てない。律でさえ怪我を負う相手だ、どうやって勝てばいいのか分からない。話し合って聞いてくれるような相手でないことはよく分かるから、まずは攻撃する意思を喪失してもらう必要がある。
 郁真の望みは恭が死ぬこと。そんなことをはいそうですか、と受け入れるわけにはいかない。しかしどうして恭に死んでほしいと思うようになったのかが分からない。

「考え過ぎんなよ、柳川」
「うー……でも……」
「同期なんて意味不明だろうと単純だろうと何でもいいんだよ。お前には理解できないだろうけどな、世の中には『アイツは今この瞬間も呼吸して生きてるのか』って考えただけで殺したくなる相手がいるって奴もいるからな」
「何それこわい」

 どうして、何がそんなに気に入らないのだろう。しょんぼりと肩を落とした恭をちらりと見て、渚はまた溜め息をひとつ。

「……ま、宮内の気持ちが分からなくもねえけどな」
「へ?」
「ま、今日くらいはそんなこと忘れて目いっぱいはしゃいでもいいんじゃねえの」
「……そっすね」

 せっかく遊びに行くのだから、嫌なことは忘れて楽しみたい。年明けからブルーな気持ちになっても仕方がないのだ。いくら考えても、分からないものは分からない。
 よし、と手を叩いて切り替えて。そういえば、と恭は渚の顔を覗き込んだ。

「ところで松崎先輩って絶叫系とか乗るんすか?」
「……だからどっこも行きたくねえっつったんだよ俺は……」


「きょーうーちゃーんっ!」
「うおあっ」
「あ、転んだ」
「やっぱり転ぶんだなお前」

 遊園地の入り口で。先に待っていた憂凛に思い切り飛びつかれて、恒例のように支えきれずに転んだ。後ろからだろうと前からだろうと、勢いが強すぎてどうしたら受け止められるのかが分からない。渚が呆れた目で、佑月が楽しそうに笑ってその光景を眺めている。一緒にいたなら佑月に憂凛のことを止めて欲しかった、と思ったところでもう遅い。

「久し振りー! 明けましておめでとっ! 元気だった? あー恭ちゃん憂凛のあげたマフラーしてる! ありがとう!」
「おめでとー! 元気元気。ゆりっぺのマフラーまじぬくい、さんきゅ! ゆっちゃんもあけおめー、久し振り!」
「明けましておめでとう、柳川くん、クリスマス以来だね」
「あー……そんな気がする」
「松崎さんも。明けましておめでとうございます」
「……おう」

 佑月の挨拶に、渚の反応は薄かった。どうしたのだろうと渚を振り返れば、険しい表情でじっと佑月を見ている。
 思わず憂凛と二人で顔を見合わせる。どうにも違和感のある反応だ。渚と佑月が会うのは初めてではないはずで、友達とは呼べなくても顔見知り、知り合いではある。渚があまり気心知れない相手と話すような人間でないことは分かっているが、挨拶程度の会話もしないのは珍しい。

「さ!面子揃ったし、中に入ろっか」

 当の佑月はそんなことは全く気にしていない様子だった。先に買っておいてくれたらしい入場券を2枚取り出して、はい、と恭に差し出してくる。

「あ、ありがと。ゆっちゃんお金、」
「どうせ中に入ったら待ち時間いっぱいあるんだし、後で大丈夫だよ。とりあえず中に入らないと何も乗れなくなっちゃうじゃない」
「憂凛はねー、とりあえずジェットコースター!」
「お、飛ばすねえ」

 憂凛と佑月が楽しそうに話しながら、先を歩いていく。
 早く後を追わないと、あっという間に置いて行かれてしまいそうだ。慌てて渚に入場券を渡そうとすると、渚は今度は何やら難しい表情で考え込んでいた。先ほどから、何か様子が変だ。

「松崎先輩? どうかしたんすか」
「……なあ柳川」
「?」
「『分体』に頼めば、憂凛の高校の学生名簿って手に入れられるか?」
「……そりゃまあ、多少時間あれば何とかしてくれると思いますけど。ぶんちゃんだし」
「じゃあ頼んでくれ」
「……急にどうしたんすか」
「後で話す」

 後で――先ほども渚はそんなことを言っていた。しかしこのタイミングで学生名簿を手に入れて、どうしようというのだろうか。全く想像はつかないものの、何か意味はあるのだろう。
 考えている間に渚はさっと恭の手から入場券を取って、先に歩いていってしまう。何で置いて行かれているのだろう、と慌ててその背を追った。こんなところで一人で行動するわけにはいかない。『アリス』のチェシャ猫のキーホルダーは持ってきているが、一人にならないに越したことはないのだ。

「ぶんちゃん聞いてた?」
『おう、頼まれたる。結果はお前じゃなくて松崎の方に送ったったら良さそうやな、よー分からんけど』
「うん、よろしく」
『任しとき!』

 恭のスマートフォンの画面の上、拳を突き上げた小さな人型の白いもやもやはそのまま画面の中に飛び込んでいき、そして静かになった。やはりこういった調べものは頼りになる。
 スマートフォンをポケットにしまい込んで、遊園地の中に入る。入れば3人とも入場口の近くで待っていてくれているのが見えて、ほっと安堵して。
 ――ひとまずは、全部忘れて楽しみたい。もうすぐ部活も始まる、ゆっくり遊べるのは恐らく今日くらいだ。憂凛も、渚もいてくれるのだから、何も心配することはない。

「恭ちゃん恭ちゃん、おそろいでキャラクターものつけよっ」
「じゃあ皆で何か買おっか、記念だし」
「お、いいねえ」
「……馬鹿しかいねえ……」


 遊園地はそれなりに混んでいたが、色々なアトラクションに乗ってしっかりと遊べる程度だった。
 渚に普段絶対被ることがないであろうキャラクターものの帽子を被せて怒られたり、憂凛がぬいぐるみの多いグッズの店で目を輝かせて出てこなくなってしまったり、佑月がゲームで大きなぬいぐるみをゲットしたり。あちこちで買い食いをしたりして、食事もしっかり楽しんだ。
 夕暮れ時になって2回目のジェットコースターに乗った後、ハイテンションになった恭と憂凛とは対照的に、渚がグロッキーになっていた。苦手なら待ってていいと言ったのだが、それでも付き合って一緒に乗ってくれる辺り渚は付き合いがいい。

「なぎちゃんだいじょぶ? 顔真っ青」
「あー……無理、ちょっと休むわ……お前らどっか行ってくれば」
「あ、憂凛あとお化け屋敷行きたいんだけど!」
「あー、お化け屋敷は私パス、苦手……。憂凛ちゃんと柳川くんで行ってきたら? 私も松崎さんと待ってるよ」

 グロッキー状態の渚はベンチに腰を下ろして、恭と憂凛を見上げている。若干顔色が悪いのが見て取れて、苦手なのに連れまわして申し訳ない、という気持ちが先に立つ。少し休ませた方がいいのは確かだろう。

「だって、恭ちゃん」
「ん。じゃあ二人で行こっか」

 恭は別段、お化け屋敷に苦手意識はない。心なしかうきうきしている様子の憂凛と二人、渚と佑月に後で、と手を振って歩き出す。
 時間帯もあるのだろうがお化け屋敷は結構人気があるようで、それなりに待ち時間もあるようだった。列に並んで順番待ちをしながら時計を確認する。閉園時間を考えると、アトラクション関係はこれが最後になるだろう。最後に全員で記念写真でも撮れるだろうか。渚はきっと嫌だと言うだろうが、憂凛に頼んでもらえば渋々でも一緒に写ってはくれるだろう。
 ――一日、本当に楽しかった。こういったところで働くのはきっと大変だろうが、夢があるな、と何となく思ってしまう。

「今日はありがとうねー、恭ちゃん」
「へ? 急にどうしたの、ゆりっぺ」
「何となく! 恭ちゃんがいて、なぎちゃんがいて、ゆづがいて、皆でいっぱい笑って、楽しかったなーって! 思ったの」
「まあ松崎先輩ずっと仏頂面してたけどな」
「そう? なぎちゃんあんな顔してたけど結構楽しそうだったよー?」
「何だかんだ付き合ってくれるもんなあ」
「ホントに嫌なら今日だって来てないもん」
「そりゃ言える」

 二人で顔を見合わせて、笑って。平和で、いつもと何も変わらない。
 最近起きていた事件など、全部夢だったのではないだろうかとまで思ってしまう。もちろんそんなことはないのだから、気を抜くわけにはいかないが。考えないと思っても、頭の片隅にはずっと残っている。
 せっかく憂凛と二人でいるのだから、郁真のことを聞いてみてもいいかもしれない。渚はあまり気乗りしていない感じだったが、少し聞く程度なら特に問題はないだろう。襲われたことさえ黙っていれば、どうにか話は聞けるかもしれない。
 そう思って口を開きかけたその瞬間、待機列を眺めながら先に口を開いたのは憂凛の方だった。

「恭ちゃん」
「ん?」
「……お化け屋敷の後、ちょっとだけ時間ちょうだい?」
「へ?でも松崎先輩とゆっちゃん待ってるし」
「二人には憂凛から連絡しとく! だから、お願い」

 恭の方を見ないまま視線をうろうろと動かす憂凛は、どこか不安そうな雰囲気が見て取れる。
 つい先ほどまでいつも通りだと思っていたことが、途端に崩れていくような気がしてしまう。憂凛にも何かがあったのだろうか。渚や佑月の前では話しにくい話だろうか。分からないが、恭としては断る理由はない。

「……分かった」

 恐る恐る頷くと、ほっとしたように憂凛の肩から力が抜ける。そしてようやっと恭に視線を向けた憂凛は、もういつも通りの笑顔を浮かべていた。

「もうすぐお化け屋敷入れそうだし、楽しみ! 恭ちゃん守ってねー?」
「守るようなとこあんのコレ」
「分かんないけどー。追いかけられるかもしれないでしょ?」
「えーゆりっぺ本気出したら俺より足速いじゃん」
「それは言っちゃだめなやつ!」

 あっという間にいつも通りの空気に戻ったことに安心しながら、それでも何故か心の奥がざわざわと音を立てる。どういう言葉が正解なのだろう、と少し考えて、恐らく『嫌な予感』だということに思い当たる。
 何に対してなのかは分からない。しかし、嫌な予感はする。きっとこれを無視してはいけない。
 宮内 郁真。『シャーマン』。実体のない『人喰狐』の噂。郁真に手を貸している『彼岸』の存在。今朝渚が口にしていた、最近変だと思ったこと。憂凛の高校の学生名簿。
 頭の中に言葉を羅列しても、うまく繋がっていかない。どこに何を感じているのか全く見当がつかない。

「……なあ、ゆりっぺ」
「ん?どしたの?」
「最近なんか変だと思ったことある?」
「え? えー……ヒメちゃんがお店に来る回数減った……」
「そうなの?」
「恋に生きる女は忙しいの! って」
「意味分かんねえ……!」
「むつかしーカオしてるねえ、恭ちゃん。何かあったの?」
「なんかあった、っつーか……」
「次の方どうぞー」
「あ、順番来ちゃった」

 憂凛にどう説明すればいいのだろうか。考えている間にお化け屋敷の順番は回ってきて、にこやかにスタッフが手を振っている。並んでいる以上無視はできない、まずはお化け屋敷を楽しむのが先でいいだろう、と恭は考えるのをやめて。
 ――それは、大きな間違いだった。


「……さて松崎さん。ずっと私と話がしたかったんでしょう?お望み通り、2人になりましたよ」
「……うぜえな。分かってんなら話は早い、お前に聞きたいことはひとつだけだ」
「どうぞ?」

「――お前、誰だ」