Colorless Dream End

09

 誰かの声が聞こえる。

『よく聞いて。貴方は何も知らない、それでいいの』

『貴方には『橘 憂凛』という名の友人はいなかった』

『だから彼女に纏わる様々な事象は貴方の身には『起きていない』、或いは『その場に彼女は居なかった』』

『――だから』

 ぶちん、とテレビが消えるかのように、そこで声は途切れて消えた。


「……わくん、柳川くん! しっかりしなさい!」
「っ……!?」

 まるで何かに思い切り手を引かれるかのような感覚で、意識が浮上した。
 ぐらり、と頭が揺れる。聞こえたのは誰の声だったのか。何の話だったのか。全く分からないまま顔を上げれば、琴葉と目が合って首を傾げる。

「……ことはせんせー」
「全く……。意識が戻ってよかった。大丈夫?」
「俺……? あれ……?」

 どうして目の前に琴葉がいるのか分からずに、ひとまず自分の行動を思い返す。確か大学の喫茶店の近くでレポートをしていて。ふと思い立って頭痛の件を響に連絡した。そうしているとその場に郁真が現れて――そして。その先が思い出せない。

「……琴葉先生、ひびちゃんは?」
「乙仲くん? あの子今宮内くんにマジギレ中だと思うけど」
「あー……」
「乙仲くんが宮内くんと二人で柳川くんをここに連れてきたのよ。宮内くんはすごい不服そうだったけどね……。対外的には熱中症で倒れたで誤魔化してあるから」
「スンマセン……」
「で? 頭痛くて倒れたって? 昨日か一昨日か、同じ症状で一度うちに運ばれてるって聞いたけど」
「あ、はい。そのときはモニカさん来てくれて律さんの実家行ったみたいなんすけど、結局」

 まだ頭がガンガンと痛んでいる。いっそ本当に熱中症だと思い込んでしまいたいレベルだ。
 どうして頭が痛くなったのか。郁真と何かを話していたことは覚えているのに、その内容が本当に思い出せない。考えるとまたずきりと頭が痛む。

「……ッ」
「……何か思い出そうとすると頭が痛い?」
「多分……」
「何が思い出せそう? じゃあ昨日か一昨日かに倒れたときのことから教えてもらえる?」
「えーっと……」

 そう言われても、ほとんど何も覚えていないと言ってしまうのが一番正しいだろう。
 ひとまず、『彼方』狩りの話を響から聞いたこと、奈瑞菜に会ったこと、犯人を追っていたら渚に会ったこと。そして渚と何を話したのかは全く記憶がないこと、恐らく話した後に倒れていること。モニカに診てもらった結果、恐らく術が掛けられていること。『ディアボロス』と『サイコジャッカー』に関する心当たりを聞かれて、小夜乃のことを考えたが言い出せなかったこと。小夜乃の無実を証明したいとは思っていること。そして先ほど郁真と何を話したのか、全く思い出せないこと。
 つっかえながらも何とか順番に話を進める恭の拙い話を、琴葉は時々相槌を打ちながら特に何か口を挟むこともなく静かに聞いていた。恭が話し終えて息を吐くと同時、琴葉も大きな溜め息を吐き出して。

「……渚のことが気になるな。あの子自分から事件に首突っ込むようなタイプじゃないし。めんどくさがりなんだから」
「それっす……でも何してんだか全然分かんないし、そもそも俺が何喋ったかも全然覚えてないしで……。なっちゃんに連絡取ろうとは思ってるんすけど、あと頭痛の原因突き止めなきゃ俺モニカさんに小夜ちゃんの話しないといけないし、ああもうやだ……」
「落ち着きなさい。小夜乃に連絡が取れないことはよくある話だし、もう少し待ってみて大丈夫だと思うけど。音信不通になることたまにあるし。長くても二日くらいだけどまあ。私からも連絡入れてみる」
「お願いします……」
「でも多分だけど話を聞く限り、柳川くんの頭痛の原因である術をかけてるのは小夜乃で間違いないと思うけど」

 さも当然とでも言いたげな琴葉の口調に、恭は目を瞬かせる。まさか琴葉からそんな言葉が出るとは考えもしていなかった。恭の驚きは分かるのだろう、琴葉は少しだけ笑う。それはまるで安心させるかのように。

「正直今話を聞いただけで、柳川くんが何を忘れてるのか、小夜乃がどうしてそのことを忘れさせてるのか、大体見当はついてる。でも小夜乃がその術をかけてるなら、私はその内容を柳川くんに話すつもりはない」
「えっ何で」
「きっと小夜乃も悩んで、でも必要があって、小夜乃なりに柳川くんのことを思ってかけたものだと思うから。恐らく柳川くんなら放っておいても自力で思い出せるだろうし、私はその頭痛についてどうこうしてはあげられないな」
「でも、琴葉先生」
「そうやって聞いたら、小夜乃のこと信じられない?」

 ――間違いなく小夜乃だと言われても、どうしたらいいのか分からない。
 この頭痛が原因で、恭は既に二回倒れてしまっている。周囲に迷惑も心配も掛けているのだから、頭痛が起きる原因などない方がいいに決まっている。しかし小夜乃はどうしてそんな術を恭にかけることにしたのか。そこにどんな理由があるというのか。
 全く想像もつかない現状、本人に話を聞かないことには何とも言えない。

「信じられないとかはないっすよ。小夜ちゃんが俺に変なことするとかは思ってないし、術かけてるんだったらやっぱそれなりの理由もあると思うんだけど、でも」
「理由が分からないから、怖い?」
「……うん」
「うーん。……私も多分小夜乃には術かけられてる、柳川くんと同じの」
「え!? は!?」
「ずっと昔のことをね、思い出せないことがあって。どうしても記憶の整合性が取れなくて、辻褄が合わないこと。私に術をかけたのは小夜乃しか考えられないけど、でも、私はあの子を信じることにした。あの子は何の理由もなくそんなことしない。理由があって忘れさせていて、そして私に害を与えるための術じゃないって信じてる」

 とんでもないことを口にしながら、しかし琴葉の表情はとても穏やかだった。
 もし恭の記憶を忘れてさせているのも、いつかの琴葉の記憶を忘れさせているのも、本当に小夜乃だと言うのなら。小夜乃は恭の記憶も琴葉の記憶も知っている。知っていて、知らないふりをしている。それは彼女にとって負担ではないのだろうか。しんどいことではないだろうか。それが心配になってしまう。

「……俺、自分のことは自分で責任取るっす」
「ん?」
「俺のために、つか俺のせいで小夜ちゃんが傷ついたり苦しんだりする必要って絶対ないっす。俺に忘れさせてること、小夜ちゃんが一人で抱えてるなら……てか大体忘れさせてること自体本当は嫌かもしんないし……」
「……そうね」
「ちゃんと小夜ちゃんに話聞くっす。思い出さない方が俺のためだって思ってくれてるのかもしんないけど、でも俺としては思い出した方が小夜ちゃんのためじゃないかなって」
「思い出したら頭痛くなってまた倒れるだろうけど、大丈夫?」
「それでも」

 それでも、自分のせいで誰かが傷つくのはもう嫌だ、と思う。誰かの泣き顔を見るのは。誰かを苦しめるのは。あんな思いをするのは、もう二度と。

「……あれ」
「柳川くん?」

 ずきりと頭が痛む。しかし確かに今何かが頭の中に引っ掛かった。それが何かは分からないが、しかしきっと大切なこと。
 小夜乃に連絡が取れない現状、できることは限られている。しかし記憶を忘れさせているのが小夜乃であるのなら、響から話を聞くよりも小夜乃に聞いた方が頭痛に対処できるかもしれない。何より響に話を聞いたところで、また倒れてしまえば忘れてしまう。そうとなればすることは。

「ありがとっす、琴葉先生。俺頑張る」
「……どういたしまして。でもあんまり無理しないようにね」


 ひとまずは奈瑞菜に会わなければならない。
 恭としてはあまりしたくない手段ではあったものの、『分体』に頼んで奈瑞菜に連絡を取ってもらい、奈瑞菜の通う大学院の前で待ち合わせることになった。時間よりは少し遅れて奈瑞菜が出てきて、恭の姿を見つけてひらひらと手を振ってくれる。

「なっちゃん! この間はゴメーワクおかけしました」
「いえいえ。その後体調どう? 大丈夫?」
「まあばっちり!とは言いにくいんすけどー……・あの、俺、あのとき何があったのか全然覚えてないんすよ」
「覚えてない?」

 恭の言葉にきょとんとした奈瑞菜が首を傾げて。ややあってからああ、と納得したような声を上げる。

「頭痛で忘れちゃってるってことかな?」
「たぶん……」
「えっとねー。カヲルちゃんと会ったのは覚えてるよね」
「うす。ていうか松崎先輩と会ったことしか覚えてない……、なっちゃん?」
「……きょんきょんつけられてたかも」
「へ」

 険しい表情になった奈瑞菜につられて、恭は周囲を見回す。いつの間にか、人の気配がしなくなっている――誰もいない。奈瑞菜に会う前まで、それなりに往来はあったはずだ。
 奈瑞菜が視線を向けているのが自分の背後であることに気がついて、恭は背後を振り返る。そこに一人、女が立っていた。その服装は黒い巫女装束で、あまりにもこの場に似つかわしくない。
 しゃらん、と鈴の音がどこかから聞こえる。それがその女が歩く音だと気付くまで、数秒。しゃらん、しゃらん、しゃらん。響く音は涼やかにも聞こえるのに、空気がひどく重苦しい。

「……きょんきょん」
「うす」
「覚えてないかもだけど、あれ、カヲルちゃんと一緒に居た子」
「え、じゃあ松崎先輩の」
「知り合いだろうけど、アレ、『憑物筋』だ。『彼方』の人間」

 女の顔には表情がない。無表情ということで言えばモニカもそうだが、それとはまた違う。感情が欠けたような、抜け落ちたような。真っ暗で、真っ黒。そこには何も、存在していないような。
 疎い恭でも分かるほど、それは危険な人物だ。しかしその女がどうして渚と一緒にいるのかが分からない。どういうことなのかとぐるぐる思考を巡らせれば、一際大きくしゃらんと鈴の音が鳴り響く。

「えっ」
「……つかまえた」

 それは恐らく、彼女の間合い。鈴の音と同時、周囲の景色が一変していた。鳥居に境内、賽銭箱――神社だ、ということはすぐに分かる。しかし神社というにはあまりにもおどろおどろしく、暗く、黒く、淀みきっている。恐らくは彼女に力を貸している『彼岸』の『領域』に引き摺りこまれたのだろう。
 しゃらん、しゃらんと鈴の音を立てながら、ゆっくりと女はこちらに近づいてくる。空気がぴりぴりと張り詰めていく。相手がどう仕掛けてくるつもりなのか、全く予想がつかない。どうなるかさえ分からない状況では下手に動けはしないが、自分の身は守らなければ。そして、奈瑞菜のことも。

「――『アカ』」
「う、お……!?」
「『クロ』」
「うわきもっ!?」

 女の声と同時に、ぼとり、ぼとりと落ちてきたのは大きな2つのスライムのようなもの。赤いスライムは恭の前に、そして黒いスライムは奈瑞菜の後ろに。ぐらりと感じる気持ち悪さが、それは『彼岸』の存在だと教えてくれる。

「『ころせ』」
「いやいや急に殺さないで!?」
「きょんきょんその赤いの、アタシこっち引き受けた!」
「了解っす! ――へんっ、しん!」

 このまま呑気にしていてやられるわけにはいかない。即座に『変身』、のそりと動いた赤いスライムを力任せに蹴り飛ばした恭の後ろで、早口で呪を唱えながら奈瑞菜がその手にカードを握る。ちらりとそれに視線を向けて、恐らく奈瑞菜は大丈夫だろうと判断。どちらにしろ、気にして戦える余裕はない。
 スライムはその感触も見た目通りだ。蹴り飛ばしたところでその衝撃は吸収され、どうにも感触がない。物理的な攻撃手段しか持たない恭では少し面倒な相手かもしれない、と眉を寄せる。ここに律がいるのであれば、魔術で凍らせるなり固めるなりの方法で砕くことも可能かもしれないが、いない律に助けを求めても仕方がないことは分かっている。
 赤いスライム。濁った赤色。それがぐるん、と回転するように動いて。

「げ、やべっ……!」

 一瞬でスライムの形が変わる。まるでウニのような棘のある姿になったそれは、慌てて避けた恭の服を掠めて切り裂いていく。あの形態では蹴り飛ばせばこちらが怪我をするのが目に見えている。
 しゃらん、とまた鈴の音。女がゆっくりとこちらに近づいてくる。圧倒的にあちらの方が優位だ、どう戦えばいいのか分からない。そもそもどうして襲われているのかも分からない。
 蹴り飛ばすのは無理だ。殴るのも同じ。それならば――恭はウニの棘のようになっているその先を無造作に掴むと、思い切り力を込めて投げる。女の方へと吹っ飛んでいったスライムはしかし、女には避けられ、スライムはべちゃりと潰れてまた元通りに戻っていく。

「きょんきょん大丈夫ー!?」
「大丈夫! なっちゃんは!」
「えー? アタシはこんなの余裕余裕、『陰陽師』相手に『カミ』ぶつけて勝てると思うなってーの!」

 その言葉に思わず奈瑞菜の方に視線を向けると、その傍らには奈瑞菜の倍ほどもあろうかという大きさになっている青い鳥。恐らく何度も見た『式神』の姿だ。青い鳥は元気に黒いスライムを追いかけてつつき回していて、じゃれているようにしか見えない。
 確かにそれなら心配ないだろうと、恭は息を吐く。――自分のことに、集中しなければ。

「……邪魔なの、貴方達。大人しく、死んで」
「嫌! です! っつーか何で死ななきゃいけないのか説明してくんないかな、死んであげないけど!」
「貴方達に会ったせいで、渚の動きが悪くて困るの」
「……アンタ、カヲルちゃんに何してんのよ」
「松崎先輩の動きが悪いってどういう……」
「殺す。貴方達が居なくなれば、渚はまた動く」

 しゃらん。鈴の音と共に、スライムが動いて。

「――ッ!」
「きょんきょん!」
「だ、だいじょーぶ……っ」

 一瞬の反応の遅れは命取り。今度は一本の鋭い刃と化した赤いスライムを避けきれずに、恭の片腹を裂いていく。傷口を押さえた指の隙間からぽたぽた溢れ出てくる血。傷口を確認したくはない。自覚してしまったら、動けなくなる。
 よろけた恭を見たからか、更に追撃を重ねようとスライムが動く。しかしそれは奈瑞菜の手から放たれたカードによって阻まれた。お陰で体勢を立て直す程度のことはできる。
 倒さなければ。大丈夫――倒せる。自分に言い聞かせる。ぐぐ、と右手の拳を握りしめて、集中。腹部の痛みは無視できないが、最近感じていた頭痛の方がひどかったと思えば耐えられる。
 死ぬわけにはいかない。小夜乃に話を聞かなければならないから。

「うらぁっ!」

 走る、走る。腹の傷のことは、今は忘れる。痛みを、忘れる。そうしなければ、動けない。
 思い切り右手を振りかぶって、また動こうとしているスライムを、渾身の力を込めてぶん殴る。このままウニになってしまえば全身串刺しだが、それを考えていては何もできない。恭の拳はスライムの中へとめり込んで。

「……っ、このまんま、はじけ、ろ……っ!」

 今のところ、スライムが液状化するようなことはない。恐らく、全てが全てスライム状というわけではないのだろう。そうなれば、こういうとき中に核があるのがセオリーだ。どこかにそれがあるはずで、それを潰してしまえば勝てる。めり込ませた拳を力任せに押し込んで、必死に探す――姿を変えられる、その前に見つけなければ。
 運。しかし確かに手に当たる、固い何か。それしかないと、確信する。

「お、らぁっ!」

 一度手を抜いて、間髪入れずにエルボーを一撃。拳よりも深くめり込んだ恭の肘は、そのままスライムを砕いていく。べちょん、と嫌な音を立ててスライムが弾けて飛び散った。お陰でスライムまみれになってしったものの、これですぐに元には戻れない。
 奈瑞菜は、と思って三度視線をむけあときにはもう、黒いスライムは跡形もなく消えていた。代わりに奈瑞菜の足元は水浸しのようになっている。それに安心した瞬間、くらりと視界が霞んでその場にへたり込んだ。怪我のせいだ――出血が多すぎる。

「っ、は……アンタの『彼岸』、倒した、けど、まだ、やんの?」
「……ボロボロの癖に。私が手ずから殺してあげるだけ」
「残念ながらアタシはまだまだ元気だよっ、ちぃ、いって!」

 ぴぃ、と鳴いた青い鳥が、女を喰らうかのように襲い掛かる。それを女は、やはり変わらぬ無表情で見つめていた。

「……は?ジョーダンでしょ……」
「こんな紙切れで、私を殺せると?笑える」

 瞬きの刹那に、青い鳥は消えていた。代わりにはらりと女の前に一枚のカードが落ちる。『式神』が、カードに戻されている。
 女はそのカードを踏みつける。瞬間、カードは真っ黒に染まって消え失せてしまった。どうなっているのか、分からない。

「さあ――ころしてあげる」

 そのとき初めて、女の表情が変わった。それは背筋に寒気が走るほどに、冷たく狂った、笑顔。
しゃらん、しゃらん。響く鈴の音は、恭の耳元で。まずい、と思うものの動けない。応急処置をする方法もない、何をされるか分からない。どう対応すればいい。忙しなく頭が動いたところで、傷の痛みが邪魔をしてくる。

「その子に指一本でも触れてみなさい、殺すわよ」
「!?」
「私のお気に入りなの、その子。――手を出さないで」

 唐突に聞こえた声は、懐かしい声。
 ぐにゃりと空間が歪む。どろどろとした神社の風景が歪んで、解けて。誰の声だなんて考える必要もない。それはもう二度と会う日は来ないかもしれないと思っていた相手。

「……アリスちゃん……?」
「大丈夫? 恭くん。もう心配いらないわ、ここは私が『貰った』から」

 ふわりと当たり前のように恭の前に立った女子高生は、あの日と姿は変わらない。『黄昏の女王アリス』の名を持つ『彼岸』。どうしてここに現れたのかと問いかけた瞬間、視界の端を黄金が疾走り抜けた。

「やっとつかまえたっ!」
「なっ」
「なぎちゃん、かえして!」

 女の姿が、消えた。――違う、走り抜けた黄金、もう一人の乱入者。そこにいたのは、『狐』。
 ずきん、と頭が痛む。自分は、彼女を、知っている。

「何故、私の居場所がっ、」
「すっごいさがしたんだから! 恭ちゃんまでまきこむなんてっ、もうぜーったいゆるさない! 殺させないからね! なぎちゃんのこともかえしてっ、このまちから、出てって!」
「あ……れ、ゆりゆり!? どうやってここ入ってきたの!?」
「話はあと! なっちゃん、この子つかまえるの、てつだって!」
「わ、分かった!」
「――あ」

 頭の中でピースが踊る。
 『狐』、女の子、アリスちゃん、チェシャ猫のキーホルダー、松崎先輩、郁真くん、あの日、遊園地、お化け屋敷、公園、泣き顔、笑顔、『ゆり』、
 知らないはずなのに知っている記憶が、頭の中に雪崩れ込んでくる。頭が揺れる、視界が揺れる。どうしようもない気持ち悪さに、支配される。

「ゆり、っぺ……」

 無意識に、口から零れ出た名前。
 それを口にした、その瞬間だった。