Re;Tri ― Ruler

12 賢母と後始末

 新人というのは兎にも角にもやらかしてくれるものだ、とシトリアは苦笑う。誰でも最初は失敗するものだし、それ自体を咎めるつもりはないし、その尻拭いをするのは隊長である自分の責任だと理解しているが、それにしても随分とやらかされると溜め息の一つや二つは吐きたくなるものだ。
 捜査のつもりでうっかり犯罪組織のど真ん中に迷い込んで突っ込んでいってしまった当人は現在人質になっているう。新人だろうと何だろうと抑止庁職員の身分であるのだから、餌食になってしまうことはしっかりと理解しておくべきだ。最初に教えていることではあるのだが、自覚するのは難しい。今度の子は随分と天然なんだねえなどと考えつつ、救出準備。補助官であるシトリアは戦闘能力自体はそれほど高いわけではない――が、長年一等補助官として初動部シトロス隊を率いてきている人間だ。それにはそれ相応の理由がある。
 既に救援要請は送っている。あとは相棒の腕輪型の演算機を起動、首飾りとしていつも胸元にある懐中時計を外して手に取って。

「さて、準備はいいかい『泡影ディヴィラグ』。ちょいと人数は多いみたいだけど、頼りにしているよ」

 シトリアの声に呼応して、くるんと時計が回る。ぢぢ、と聞こえた小さな音に安堵の笑みを浮かべて、シトリアは一見丸腰で敵陣へと飛び込んだ。
 ぐるん、とシトリアに向けられる視線。ジェニアトである彼女はどうしてもその見た目から下に見られやすい。しかし、彼女はそれを自身の武器だと考えている。基本的に下働きであり表舞台に立つことのない初動部シトロス隊は、その顔も数字の羅列の帯が時計に巻きついている隊章も広くは知られていない。故に大概の小物は初手で油断する――現に今、シトリアを見た男たちは拍子抜けをした顔をして。

「……何だあこのちび? 助けに来るのがこんなちびかよ、どうなってんだ抑止庁? 人手不足か?」
「あのガキいらねーんじゃねえの。コイツもとっ捕まえとくか」
「ガキはお前さんたちだよ。人のことを見た目で判断しちゃあいけないって教わらなかったのかい?」

 にこ。シトリアが笑んだ瞬間、その手の中でくるりと時計の針が回る。次々に演算機や歌唱補助機を構える男たち――がしかし、一様にあれ、という表情になった瞬間、奔った光の縄が次々に男たちを拘束していく。異変に気がついた他の人間が走ってくるのを眺めつつ時計に視線を向けると再び針がくるりと回って、シトリアは即座に防御魔術を展開させた。直後に乱舞する様々な魔術は、先ほどの光の縄で捕らえた男たちが放ったものだ。自身が使った筈の魔術に次々に巻き込まれていく男たちを振り返ることなく、シトリアは更に奥へ駆けていく。兎にも角にも殺される、などという事態に陥る前に捕らわれた新人を助け出さなければならない。シトリアの教育方針上、この仕事をしていればいずれは味わう死の恐怖を、今味わわせてしまうのは早すぎる。
 機械精霊『泡影ディヴィラグ』。妨害魔術を得意とするシトリアと共にあるその機械精霊は、相手の魔術の発動を無作為に遅延させる。演算機であろうと歌唱補助機であろうと輪廻士の変異であろうと、それが魔力を孕むものであるならば、魔力の流れを遅らせることで数瞬の隙を生み出すことが可能となる。場合によっては一秒にも満たないこともあるが、一瞬でも隙が生まれればシトリアには充分だ。――何よりタネが割れたところで、『泡影ディヴィラグ』に対処するのは難しい。
 殺しはしない。しかし確実に捕縛する。そもそも本来は捕縛も他の部隊の仕事ではあるがこれは緊急事態だ、文句を言ってもいられない。

「救援がニギ坊のところのお馬鹿たちじゃないことを願うしかないねえ……!」

 要請するときに釘を刺しておくのを忘れたな、と思いながら。シトリアを捕らえようと飛び掛かってきた男の顔面に、思い切り蹴りを叩き込んだのだった。