Re;Tri ― Ruler

10 残影と烈歌

諜報部ジェファ隊所属、二等補助官ヴァルライン=エアリーは神出鬼没である。部隊の特性上、所属している隊員が神出鬼没であることは別段珍しいことではないとも言えるのだが、彼に限ってはあまり抑止庁の中で目に掛かることはない。

「アンタ、一部で抑止庁で見掛けたらその日一日運がいいとかそういう噂になってるよ」
「何それ初耳、それで僕隊長に探されてる訳?」
「いやアレはどう考えてもヴァンに八つ当たりしようとしてるに一票入れとくけどね」

 同じく諜報部ジェファ所属の二等戦闘官であるニーナ=レンフィールドの言葉に、ヴァルラインはげんなりした様子で首を振る。何かあるとすぐに隊長がヴァルラインを探し始めるのは最早風物詩の一つだ。但しそのまま絡まれる場合と、顔を見るなり慌てて逃げていく場合があるのだが。人の顔を見て逃げていくだなんて失礼だな、と常々思ってはいるものの、その理由については特段触れないことにしている。――此方の業務に支障をきたすので、上司ならばいちいち対応を変えないでほしいとは思っているが。
 そうは言ったところで、その対応が簡単には変わらないことは分かっている。自業自得でもあるので、敢えて追及をしようと思ったことはない。

「まあ僕は都市外で仕事をしているときのことの方が多いし。ニーナも最近多くない?」
「この間ちょっとキレて隊長に掴みかかってからまた遠ざけられてる……意外と隊長ビビりなのでは? と思い始めた私なのだった……」
「またそんなことして」
「だって納得いかないことは納得いかないってちゃんと伝えておかないと、あの隊長は増長していくばっかりだしねえ。さすがに忙しいシトリア隊長に毎度毎度苦情係してもらうわけにもいかないじゃない?」
「『賢母』の顔見た瞬間に我先に一目散に蜘蛛の子散らす隊長格の面々見るのは面白いよね」
「怒られるって分かってるんだったらするなっつーのね」

 今度はニーナがげんなりとした顔をして、ヴァルラインは苦笑う。怒られてしょんぼりしている隊長格というのは然程見る機会がないので、ヴァルライン個人としては野次馬として見たいところではあるのだが。実際問題かの初動部隊の隊長は、その部隊の特性上資料室に詰めているか都市内を駆け回っているかの二択なので、あまり迷惑を掛けたくないと思うニーナの気持ちも分かる。

「そういえばニーナ、この間ゼーレ隊長から戦闘訓練申し込まれてたの、隊長とひと悶着あったせい?」
「あー……何かたまにね、来るんだよね……全部お断りしてるけど……死にたくないっつーの……」
「あはは」
「全然笑えないんだけど」
「でもいつか見てみたいなあ、ニーナが本気で戦ってるところ」

 幾度か現場を共にしているが、ニーナはいつも然程本気で戦っていないように見える。どこかに余裕を残している――それが彼女の戦い方なのだろうが。それほど戦闘能力を必要とする現場を共にしていないというのもあるのだろう。戦わなければならないとならない現場にヴァルラインは向いていない。
 戦わず、そして魔術も使わない。それでも仕事をやり遂げるのがヴァルラインのやり方で、だからヴァルラインは補助官としてジェファ隊に所属している。

「うーん。私戦闘官ではあるけど、狂戦士ではないし」
「狂戦士」
「そこまで強くもないよ、別に。こうしてゆっくりお茶のみながら、何か口滑らせないかなって虎視眈々と狙ってる方が性に合ってるんだー」

 そう言ってにい、と笑うニーナに――ヴァルラインは黙って両手を上げて見せたのだった。