One Last P"l/r"aying

21

 ――長い長い、夢を見ていたような気がする。穏やかで、楽しかった頃の夢を。二度と戻ってこない過去の夢を。

『全く、手が掛かるね』

 そう言って、笑う声を聞いた。力強い手に引っ張られて、ぐ、と引き上げられるような感覚。このまま夢を見ていたいのに、手はそれを許さない。
 聞き覚えのある、優しい声。果たしてこれは、誰の声だったか。

『今回は手伝ってあげるから、ちゃんと居るべき場所に帰りなさい』


「――ッ!?」
「あ、オハヨーゴザイマス」

 飛び起きた瞬間、自分がどこにいるのかわからなかった。自分が寝ていたらしい白いベッドに布団が目に入って、病室、という考えが浮かんで消えていく。声がした方に視線を向けると、白衣を着た女性が椅子に座ってこちらを見ていた。その隣に、ベッドに頭だけ乗せてぐっすりと眠っている恭の姿。
 女性は医師なのだろう、ということは分かる。一見しただけで『此方』の人間だとわかるそれは『ヒーラー』のもの。律をじっと眺めた彼女は、ややあって柔らかな笑みを浮かべた。

「初めましてですね、茅嶋 律さん」
「……ええと、」
「私は鹿屋 琴葉と申します。……柳川くんと、それに渚や憂凛の知り合いです。お噂はかねがね。『りっちゃんさん』」

 その呼び名と出された名前に、確かに彼女は恭の知り合いなのだろうと分かって、力が抜ける。――恭に『ヒーラー』の知り合いがいるのは初耳だ。律に言わずにいろいろなことに首を突っ込んで知り合ったうちの一人なのだろう。

「突然夜中に呼び出されて怪我人2人と『彼方』に引き摺られた人間を診ることになろうとは思ってませんでした。覚えてますか?」
「怪我人2人と……『彼方』……?」
「あなたのことです」

 あっさりとした琴葉の言葉に、ばくんと心臓が音を立てる。――目覚める前、何をしていたか記憶がすぐに戻ってこない。
 誕生日だったことは覚えている。朝から恭が賑やかで、夕方からは仕事をしていて。そして客として『ネクロマンサー』の男が現れて、その後。

「……俺」
「思い出しました?何に引き摺られたんだか知りませんけど、君ほどの実力がある人を柳川くんと渚程度の実力で助け出すのは本当に大変だったと思いますよー、よくやったな、って感じですこっちからすると」
「……恭くんと、渚くん?」

 渚――松崎 渚のことは知っている。ここ一年ほどは、とんと名前を聞くこともなければ会うこともなくなっていたが、恭の高校の先輩の『陰陽師』だ。幾つかの巻き込まれた仕事の中で面倒を見たことがある。今回に関しては恐らく恭が頼ったのだろうことは想像がついた。
 引き摺られた。どうして。――そう、確か、奈南美に会ったのだ。そしてそこに。

「……ッ!」
「大丈夫大丈夫、落ち着いて下さいね」

 琴葉の声は聞こえるが、頭の中がぐるぐると混乱している。怒涛のように頭の中に記憶が流れ込んでくる。酷い吐き気に襲われて思わず蹲った律の背を撫でながら、琴葉は穏やかな声で言葉を続ける。

「あまり思いつめないことですよ。茅嶋さんはちゃんと『此方』に戻ってきた。それが全てではないでしょうかね」
「……俺は、でも、酷い、こと」
「酷いことをした。そうでしょうね、そうだと思います。それが『彼方』とも言えますし。柳川くんの怪我も渚の怪我も本当に酷かったけれど、それでも2人ともそんなになってまで君を連れ戻したんですよ。その想いにはちゃーんと答えてあげなきゃ駄目です。このお馬鹿なんてせっかくベッド取ってあげたにも関わらず茅嶋さんの傍に居る、目が覚めたらぶん殴る! ってわーわー喚いてここから離れようとしなかったんですから」
「恭くんが……?」

 記憶が蘇る。鮮明ではないものの、ぼんやりと。
 恐らく自分は、間違いなく恭を殺そうとしていた。銃を向けた。その引き金を引いた。それは一度ではない。確かな殺意を持って、恭に銃を向けたのだ。手の震えが止まらない。どうして。考えてもわからない、どうかしていたとしか思えない。それが『彼方』に引き摺られるということなのだろう。
 それでも恭は、律を『此方』に戻す為に必死だった。

「さて。それでは茅嶋さんには少なくとも3日間の入院を命じます。これは担当医命令です、外出も一切許可しません」
「……えっと、でも、俺怪我は」
「そう、してません。無傷ですよ本当に、有り得ませんね全く。でも、駄目です。……茅嶋さんみたいなタイプは一番駄目です、引き摺られてた時のことを思い出して自分をひたすら責めるような内罰的なタイプはね。自分で自分を追い詰めて結局また引き摺られちゃうから、そうなると柳川くんと渚の努力が水の泡でしょう?だからきっちりと回復するまで、そして克服出来るまで、責任持って私が面倒見させて頂きます。以上何かご質問があればどうぞ」
「……ご迷惑おかけします。でも、俺みたいなのがベッド埋めてていいんですか?」
「此処の病院は普通の病院じゃないので――いうなれば『ヒーラー』が多く働く病院なので、といえば茅嶋さんには分かりますかね?」
「……あ」
「なので余計なことは考えずどうぞ。そういうケアも、私たちの仕事です」

 にこりと笑う琴葉に、それ以上何も言えない。彼女が言うことは何一つ間違ってはいない。ここで無理に病院を出たところで、この混乱した頭でまともに行動できる自信はなかった。
 ふと視線を動かした琴葉が、眠っている恭の背をぽんぽん、と叩く。う、と呻いて身動いた恭はけれど、起きる気配はない。

「さて、では今日のところは私の話はここまでです。このお馬鹿が起きたらいーっぱい話をして、自分が今度どうするか決めるのが正解だと思いますよ。後はそれからです」
「……はい。ありがとうございます」


 ぼんやりと考えるのは、自分がしてしまったこと。考えても考えても答えなど出る筈はない。そもそも『彼方』に引き摺られてしまったこと自体が律自身許せるようなことではなく、更には恭と渚を殺そうとしたなど、許してはならないことだ。誰が許したとしても、律自身が許すことができない。
 銃を向けてはいけない相手に、銃を向けてしまった。

「……んー……」

 どれくらいそうやって考えていただろうか。不意に声が聞こえて、はっと我に返る。目覚めた恭が体を起こして目を擦って、ふあ、と小さな欠伸。――の直後、吃驚した顔で律を見た。

「……あれ!?りっちゃんさんが起きてる!?」
「……ハイ。オハヨウゴザイマス。」
「わーどっか怪我とかないっすか、大丈夫っすか!? 琴葉先生に任せときゃ大概何でも治してくれるんすけど、あの人めっちゃすっごいし、俺何回も琴葉先生にはお世話になってて、今回は松崎先輩がちゃんと話してくれてて、えっとそれで、」
「……あの、恭くん、ちょっと落ち着いて?」

 何を言っているのかさっぱり理解ができない。何回もお世話になっているという単語も聞き逃せなかった。言うべきではない聞いてはいけないことを言った自覚は恐らく恭にはないだろう。
 いつも通り過ぎて呆れてしまう。それが表情にも出たのだろう、律を見ていた恭の動きが止まって。そして、嬉しそうに笑う。

「……いつものりっちゃんさんっす」
「……あ」
「おかえりなさい」
「……恭くん」
「一回ぶん殴ってやるー、とか思ってたんすけど、やーめた! はー、よかったあ……」

 どうしてそんな風に笑えるのかがわからない。どんな理由があれ、律は恭を殺そうとしたのだ。それは決して許されるようなことではなくて。
 口にできるのは謝罪程度だ。謝って許されるようなことではないと重々承知で、その言葉は言わなければならない。

「……恭くん、ごめん」
「? 何がっすか」
「……その、色々、と……死なせちゃう、ところだった……」
「あー、もうほんっとヤバかったっすよ!腹穴空いてたんですって俺!生きてて良かったー!マジ死ぬかと思ったっすよりっちゃんさん強すぎません!?マジ勝てねー」
「……謝って許されることじゃないことは分かってる、本当に」
「いいっすよ」
「でも」
「いいんです」

 恭の口調ははっきりとしていた。今度は笑顔ではなく、真剣な表情で。有無を言わせるつもりのないその表情に、律は思わず押し黙る。

「悠時さんから全部聞いたっすよ。4年前、りっちゃんさんと姉貴に何があったのか」
「え」
「俺はそっちに怒ってます。りっちゃんさんに殺されかけたとかそんなんどーだっていいんすよマジで!てか俺別に今生きてるし! 死んでたらそりゃ話違うかもですけど! でも、こーやって生きてるから別にいいんです」

 4年前のこと。律が玲を死なせてしまったこと。――玲を、殺してしまったこと。
 律が『彼方』に引き摺られたと聞いて、だから悠時が話したことは分かる。悠時は分かっている、律に何かがあるとしたらそれは奈南美絡みの可能性が高いことを。だからこそ、もう恭相手に黙っている訳にはいかなかった。話さざるを得なかったのだ。
 ずっと黙ってくれていた。律が自分から恭にきちんと話せるように、見守っていてくれていたことを知っているのに。嫌な役目を担わせてしまった。

「何でもっと早く話してくんなかったんすか」
「……だって、俺は、玲先輩を」
「だから何だっつーんすか。どーせ話したら俺がりっちゃんさん恨んで、ケーベツ? とかしちゃって、……最悪俺が引き摺られちゃうかもー、とか、そんなことばっか考えて全然言えなくなってたんでしょ、どうせ」
「……うん」
「馬鹿っすか?」
「恭くん」
「俺に散々馬鹿馬鹿言ってるクセに、りっちゃんさんの方がよーっぽど馬鹿っすよ? 黙って、一人で抱え込んじゃって、悩んで、苦しんで、……結局引き摺られちゃって。迷惑かけないようにーとか、心配かけないようにーとか、そんなこと考えてんだか何だか知らないっすけどねえ! 黙ってる方が! 俺にも、悠時さんにも、芹ちゃんにだって! 他の皆にだってすっげー迷惑かけて、心配させたでしょ!?」
「っ……恭くん、」
「もっと早く話してくれりゃ良かったんすよ、……相談くらいしてくれたって、……せめて一人で行かなきゃ、ぜってーこんなことになんなかったのに。……何で、頼ってくんないんすか」

 ぽたり、と恭の目から零れ落ちる、涙。
 苦しげに、本当に苦しそうに。絞り出すような声で告げられたそれは、紛うことなく恭の本音だ。律には何ひとつ言い返すことができない。その通りだ。馬鹿なのは、律なのだろう。
 4年前のあの時から足を止めたまま、何だかんだと理由をつけて恭に話すことをずっと怖がっていた。そのくせ大人の顔して、大人の振りをして、恭のことを守ろうとしてきた。
 その結果がこれだなんて、笑えない。

「……ごめん……」

 その言葉しか言えないことが、何より苦しくてたまらない。泣きじゃくっている恭に手を伸ばす――しかし、触ってはいけないんじゃないか、などという考えが頭をよぎって、律の右手はそのまま拳を握り締めていた。
 恭が頼りなくて子供だから、だから律は恭に頼っていない訳ではない。確かに恭はまだ子供で、まだ頼りなくて、それはそれで事実ではあるのだが。しかしこの2年半、様々な経験をしてきたことで恭がどんどん成長していることは知っている。律が玲のことを恭に話せなかったのは、ただ、律が怖かっただけだ。

「……もっと早く、ちゃんと、りっちゃんさんに聞けば良かったんすよ、俺も」
「……そんなことは」
「ずーっと俺、姉貴が死んだ理由が知りたくて……でもりっちゃんさんの悲しそうな顔見たら、……そんな顔して欲しくなくて、聞けなくって、そしたらもっとひっでーことになっちゃって……ゴメンナサイ」
「何で恭くんが俺に謝るの……意味分かんないよ……」
「あーもーくっそ、男がびーびー泣くなっつー話っすよねー。みっともないなー、もー」

 がしがしと涙で濡れた目を手の甲で擦って、そして恭は笑う。赤く腫れた目で、笑う。
 ――馬鹿だなと。そう思う。

「ええっと、りっちゃんさん」
「……はい」
「姉貴が死んだのは、絶対にりっちゃんさんのせいなんかじゃないっす。だから、気にしなくていいんすよ」
「……そんなことない。玲先輩は俺のせいで死んだ、……だから俺が殺したことに変わりない。玲先輩は俺に出会ってさえなければ、俺といなければ、きっと今でも生きてた」
「姉貴はりっちゃんさんと出会わなきゃよかった! っていうような人間じゃないっすよ。それにあん時、多分姉貴、自分が死ぬこと分かってたんじゃないかなーって俺はずっと思ってて」

 意味が分からずに、律は眉を寄せる。
 ――あの時、ロンドンから帰ってきた玲は、随分と疲れていた。何が起きていたのか、何があったのか、律には未だに分かってはいないし、この先もそれを知ることは出来ないだろう。しかし、玲は確実に一人で動いていた。玲は律が奈南美に狙われていることを知っていたし、その上で一人で動いていた。

「姉貴、ロンドンから帰ってきた後、俺に会いに家帰ってきたんすよ。わざわざ」
「玲先輩が?何で?」
「一言言われあだけっすよ、いつものやつ。『私に何かあったら茅嶋を頼れ』って、いっつも言ってるのにその日は真剣な顔して俺に言ってとっとと自分ち帰っちゃって。変でしょ」
「……何でそんなこと」
「俺ね、姉貴がいつかこうなることを知ってたんじゃないかと思ったんすよ」
「……どういうこと?」
「姉貴が死んで、んでりっちゃんさんは思いつめちゃって、……えーっと誰でしたっけ? 『魔女』さん? に引き摺られることまで、考えてたんじゃないかなって」

 奈南美は確かに、4年前も律を殺す前に『彼方』に誘った。あの時律が引き摺られなかったのは、死ぬ覚悟を決めていたからだ。死ぬつもりでいた。自分の命と引き換えにして、一矢報いることが出来ればそれでいいと思っていた。絶対に勝てないことを分かっていたからこそ、彼女の思い通りになんてなってやるものかと考えていた。
 そう――あの時は、それだけ覚悟を決めていたのだ。いつの間にか律の中からなくなってしまっていた、覚悟。

「もし何年も経った後でも、りっちゃんさんを助けることが出来るように、姉貴は俺に任せたんじゃないかって。まーそりゃ、姉貴に比べりゃ遥かに頼んないけど、でも姉貴は俺だから信じてくれたのかなって」
「……何を任せたって?」
「りっちゃんさんを」
「何で」
「姉貴はきっと、りっちゃんさんのこと好きだったから」

 淡々と、普段の子供っぷりとはまるで別人のような、そんな静かな表情で呟く恭は。律が知らない間に、きちんと大人になっている。20歳のまま時間が止まってしまっているような律を、あっさり追い抜いていくように。

「あの頃は中学生だったし俺全然分かんなかったけど、今なら分かるっすよ。あんなに楽しそうに誰かのこと話す姉貴はりっちゃんさんが初めてだったし、……姉貴はきっと自分が死んだっていいから、どうしてもりっちゃんさんを助けたかったんすよ。それだけ姉貴はりっちゃんさんのことが好きだったんだって、俺は思います」
「……そんなこと有り得るのかな」
「絶対そうっすよ。だって、りっちゃんさんも姉貴のこと大好きじゃないっすか」
「!」
「でしょ?」

 柳川 玲。律が死なせてしまった人。
 ヘビースモーカーで、大酒飲みで。律や悠時の前では暴君ぶりを見せて。『ウィザード』としてはまだまだだった律を叱咤激励しつつ、ずっと助けてくれた人。大学に入学してすぐに玲に声を掛けられて、それから玲が亡くなってしまうまでの2年ちょっと、ずっと一緒に居た。それがあの頃の『普通』だった。
 我儘で、けれど優しくて。律のピアノが好きだと笑ってくれた、あの人を。
 確かに、好きだった――きっと、今でも。

「ずーっと不思議だったんすよねー。4年も経つのに、毎月毎月姉貴の墓参り行くりっちゃんさんのこと」
「……でもそれは」
「殺しちゃったと思ってるから、っすよね。でもぜってーそれだけじゃないはずだって、悠時さんの話を聞いてからずーっと思ってて。俺すっげいっぱい考えたんすよ! んで、それが一番しっくり来たんすよね。……それに多分、悠時さんもそう思ってる気がしたっす」
「それは、恭くんのカン?」
「カンっちゃカンっすね。でも俺のカンって割と当たるっす」
「……そうだね」

 恭はそういった点は鋭い。その勘は、何も間違えてはいない。
 きっとずっと好きだった。そんな人に最後まで守られてばかりで、挙句の果てには死なせてしまって。結局あんな形で『彼岸』に連れていかれてしまった玲は、『赤い部屋』になってしまった。
 そんな彼女に、自分は何ができるのか。

「……えー、っと。りっちゃんさんに、俺から。お願いがあります」

 急に姿勢を正して、恭が俺を見る。真っ直ぐな目をして、真剣な顔で。

「引き摺られて迷惑かけたのが悪いと思うなら、自分のこと責めるよりもやって欲しいことがあるんすけど」
「……俺に?」
「うす。それでチャラっす」
「……いや、でも」
「でもでもだってー、じゃないっすよ! りっちゃんさんに殺されかけたことなんて俺はこれっぽっちも気にしてないんだから、りっちゃんさんも気にしちゃダメっす。次気にするようなこと言ったら全力でぶん殴る」
「いっそぶん殴ってくれてもいいんだけど……」
「殴るのも痛いんすよー。えーっと。姉貴とは松崎先輩が戦ってたんすけどね、松崎先輩は逃げられた、っつってたっす。……まあよく分かんないけど、実力はほぼ互角みたいな感じだったし、負けたって訳でもないとは思うんすけど」
「渚くんが……」
「そんな訳で、俺は姉貴の弟として、りっちゃんさんに『依頼』したいんす。……姉貴を助けて下さい。ちゃんと、逝かせてやってくれませんか」

 お願いします、と。恭が、深々と律に頭を下げる。
 恭が律に頭を下げる必要など、どこにもない。こんな事態を引き起こしてしまっているきっかけは、律にある。全部、責任は自分にあって――だから。

「……当たり前じゃん、そんなの」
「……ふは。よかったー。姉貴にそんなこと出来ない! とか言い出すんじゃないかと思って」
「あー……うんごめん分かんない、土壇場で言うかも」
「じゃあ言わないように俺もついてく」
「恭くん」
「大体一人ではもう絶対行かせませんからね! ……だって次りっちゃんさん引き摺られて戻ってきたらさすがに俺もう無理っすよ、マジ無理、今度こそ死ぬ、マジで死ぬ、アンタどんだけ強いんすか……」
「ご、ごめん……」

 何に対して謝っているのだろう、と思いながらも、謝ることしかできない。実際のところ、また引き摺られない自信があるかと聞かれれば今の状態では答えられないのも事実だった。
 はあ、と脱力した恭はそれでも笑った。いつもと変わらない、屈託のない笑顔。

「2人で、姉貴助けて。姉貴の仇討ちっす。んで、また姉貴の墓参り行きましょ」
「……うん」

『彼岸』となって奈南美の言いなりになってしまった玲を、助け出さなければならない。あのままにしてはおけない。このままずっと、永遠に苦しめることになってしまう。
 自分が撒いた種、だからこそ律自身がどうにかすべきこと。
 ――それがどれだけ、辛く苦しいことであっても。