神僕engage

08

 神社の隅っこで。ぼんやりと本殿を眺めるような形で、熾葵ちゃんは口を開いた。

「……ねえ、そう成る前にこの神社に来たことはある?」
「いや、全然。俺そもそも神社とか全然興味なかったし」
「何で来たかは覚えてるの?」
「酔ってたからなあ……」

 酒のせいか、アケとメイに起こされるまでの出来事はあまり覚えていない。ここんとこは人間だったときのことも記憶がふわふわしてるので、そんな細かいことは覚えてなくても不思議じゃない。

「じゃあ神社の由来とか、有明や黎明に聞いた?」
「いや?」
「アイツら……」
「熾葵ちゃん、って呼んで大丈夫?」
「いいよ」
「何で俺のこと見えんの?」

 神社の常連さんなのは分かる。でも、それだけで見えるようになるとは思えない。それなら毎日のように顔を見る神社で働く人たちも、毎日のように参拝しているばあちゃんも、俺のことが見えていることになるからだ。
 俺のことは人には見えてない。現状、俺が話を出来るのはアケとメイだけだ。ここに来て熾葵ちゃんと話が出来るというのは、正直ちょっとわくわくする。新しい刺激って感じ。

「……元々幽霊とか見える人間だったっていうのもあるけど」
「あ、やっぱそういうのあるんだ」
「あるよ。それが嫌だったから神頼みしたら、終宵と有明と黎明だけ見えるようになった。そういう話」
「……見えるっていうのって、やっぱ色々アレ?」
「色々アレ。しんどくって、本気で終宵にお願いしたの。中2だったからかれこれ5年前くらい? 『僕の話し相手になってくれるならいいよ』って、気まぐれに叶えてもらった」
「気まぐれ」
「神様に届けられる願い事は多すぎるから。有明と黎明に言われなかった? 基本的に見守るのが神様の仕事」
「ああ……」

 時々願い事が聞こえることはあるけれど。
 だからといって俺が何かするかと言えば、それは話が別だ。そもそもどうやったら叶えられるのかも分からないし、どこの誰だかも知らない人の願い事を叶えてもなあ、っていうのもある。叶うといいな、って言ってあげるくらいのもので、それでいいとアケとメイにも言われた。それが俺の仕事だって。

「つーか終宵って願い事叶える力あんのな」
「……、本当に何も知らないんだ」
「知らない」
「……暁天神社。終宵。有明。黎明。全部夜明けに関連する言葉。ここは『夜明け』を司る神社」
「あ、なるほど?」
「夜が明けるってことは『終わらせる』、そして『始まる』ってこと。私の『霊感』を終わらせてもらった。お陰で今の私が居る」

 少しだけ熾葵ちゃんが寂しそうに見えて。ああ、でもそうだよな。前の終宵は、熾葵ちゃんに何も言わずに俺と入れ替わっていなくなってしまった。そりゃ、寂しいよな。急に友達が転校した、みたいなもんだろうか。
 はあ、と溜め息ひとつ。熾葵ちゃんの視線が動いて、俺を見る。

「……初詣には、来るから。ちょっと有明と黎明に詳しい話聞いた方がいいと思う」
「ん。聞いてみる」
「年始、急に人、増えるから。疲れないように」
「ありがと」

 心配してくれるんだ、優しいじゃん。なんて思いながら、熾葵ちゃんに手を振る。もう一度溜め息を吐いて熾葵ちゃんは鳥居へと向かい、一礼をして階段を下りて行った。