廃校への侵入者の話 04

Session Date:20200125

 ――約10分後。

「若頭無傷じゃないですか、さすが」
「おう任せとけ」
「隼人くんの言う通りでしたねえ、『引き摺りこまれる前に引き摺りこんでくる相手ぼこぼこにしそう』」
「うん、それ俺のことだけじゃなくて組長のことでもあったからね?」

 職員室から戻ってきた陵にひらひらと手を振る。『神納糧』と戦っている最中にちらりと見えたが、3階で金髪黒マスクの青年を見つけて保護したらしいがどう見ても気絶していた。念入りに絞めてオトしたとしか思えない。保護というよりも確保だ。物腰柔らかな全くそういうことをしそうにない見た目で、一切躊躇なくそういうことをするところが陵らしい。
 律の編んだ捕縛の術式から逃れることができずにじたばたとしている『神納糧』は、バケモノのような見た目から10代の女の子の姿に変わっている。小さな子供の男の子の姿だったり、こういった女の子に変化してどうにか逃げようと命乞いしてきていたのを大人げなく一蹴して叩き潰した結果だ。そしてその変化の中に出会った『化物』の男の姿もあった。つまりあの男が『神納糧』だったということだ。みすみす一度逃したのだということに気付いて、八つ当たり気味に念入りに捕縛している。

「そこの陰陽師さん助けてえ……ひどいことされたぁ……」
「おやおや、あんなに生き生きしてたのに。騙されませんよ、ひどいことしていたのは貴方の方でしょう」
「何でお前ら騙されないのぉ……可愛い女の子だめ? 貧乳と巨乳好みに合わせるよ? あ、もしかして男の子が好き?」
「いや何にしたって俺彼女いるし」
「私も許嫁がいますので」
「のろけられた最近の日本人真面目か? 浮気しろ不倫しろ」
「私も彼も貴方の正体を既に見ていますし、騙されると思う方が浅はかなのでは」
「お前ら嫌い」

 好かれても困るので、そのまま無視することにする。
 問題はこの『神納糧』の処遇をどうするか、ということだ。即時消滅させる方法を取ってもいいのだが、律の中で『喜んでもらえる』と言っていたことが気に掛かっている。どこかのヒトと関わりのある『彼岸』なのであれば、確認せずに勝手に消滅させるわけにはいかない。世の中には『彼岸』の力で生き永らえている者もいる、もし誰かがこの『神納糧』と『契約』を結んでいるのであれば、その契約を勝手に破棄させるのは『ウィザード』としてはできない相談だ。立場的にも後々問題になるようなことはしたくない。

「……本当にどうしようこれ? 二度とヒトが食べられないようにヒトに危害を加えようとしたら体内破裂する封印魔術でも掛けとけばいいか?」
「ぎゃあ!?」
「いいんですか若頭、その程度の処遇で」
「えっ組長的にはいまいち? だめ?」
「容赦なくすぱっといってしまうのかと思っていましたので」
「本当ならそうしたいんだけど、ちょっと色々気に掛かることもあるしね」
「いやだー!? やめてー!?」
「うるさいなー。大体何で『ウィザード』ばっかり集めて食べてるの? 最悪なんだけど」
「……だって」

 先ほどの元気はどこにいったのか、急に声のトーンが落ちる。恐らく言いたくないという気持ちが先行しているのだろう。それはそれとして、と律は頭の中にざっと封印魔術の構成を思い描く。自分用に変換して落とし込むのは少し面倒な上にそうそう使いたい魔術でもないので、魔法陣を描きながらぶつぶつと呪文詠唱を始める。身の危険を察知した『神納糧』がまた元気に喚き始めるが、無視だ。どうしても逃れられないことを察した『神納糧』は、しょんぼりと元気を失った。

「……だって。『ウィザード』食べたら魔術使えるようになるから、あの子が喜んでくれると思ったのに……」
「あの子? どなたですか?」
「……」
「答える気はなし、と」
「……おっけ、できた」
「最悪だお前……一回使い切りだからいっぱいストックしとこうと思ったのに……」

 ぎ、と泣きそうな顔で睨まれるが、知ったことではない。ただでさえ死人の数を数えたくないレベルの惨劇だ。手段としてヒトを食べる時点で、律としてはそれを許すわけにはいかない。
 それに――生粋の『ウィザード』である律からすれば。

「そんなのは、魔術使えるようになるとは言わない」


 おとなしくなった、というよりもさすがに本当に観念したらしい『神納糧』を連れて、律と陵は職員室へと戻った。隼人と金髪黒マスクの青年はまだ意識が戻っていない。
 おかえり、と出迎えたキブレが『神納糧』を見た瞬間、その表情が一変した。

「ぎゃー!? 何でそんなばっちいの俺の『領域』にいるわけ!? そいつ! そいつ駄目! 最悪! きたない! 無理! ここ連れてくんな捨てろ!?」
「いや、これに『領域』奪われてたのキブレだからね?」
「最悪……まじで最悪……捨てて……一分一秒たりとも俺の『領域』にいてほしくない……」
「というか捨てろと言われましても」

 どうしましょう、と困惑した表情で陵が首を傾げる。その気持ちは律も同じだ。下手なところに置いておくわけにもいかない、と思いながら『神納糧』を見るとあからさまに目を逸らされた。
 ああでもないこうでもない、と陵と相談していると――龍神様に任せますか? と平然と恐ろしい提案をする陵はいっそ怖いもの知らずが過ぎて羨ましい――がば、と金髪黒マスクの青年が体を起こした。きょろきょろと辺りを見回して、律と陵の方を見て固まる。

「えええええええええええ組長と若頭がえーぶいさつえいしてる……!?」
「してねえわ殴るぞ」
「ぎゃん!? あ!? ていうかよく見たらお前師匠のところの厄いのじゃん!? ぎゃー食われる!?」
「おや。お知り合いですか?」

 思わぬ展開だが、同時に納得もする。『化物』の男の姿を取っていた『神納糧』はそのとき、この金髪黒マスクの青年を知っている様子だった。それは嘘ではなかったということだろう。

「あ、じゃあコレの引取先に連絡ってできる?」

 律の問いには、青年は恐る恐るといった様子で壊れたスマートフォンを差し出した。スマートフォンを壊したのは律なので何も言えない。スマートフォンがなければ連絡先も分からないということだろう。
 そうなればやはり『神納糧』自身から聞き出す他ない。ちらりと陵を伺うと意図を察して大きな溜息を吐かれた。

「……おうちは何処ですか?」
「まさかの子供扱い」
「言わないなら若頭に完全抹殺してもらいますよ」
「ひい!?」
「いや脅迫に俺を使うな」

 とはいえ観念したらしい『神納糧』は、懐から数枚の名刺を取り出した。書かれている名前は全て別のものだが、どれも同じ会社の名刺だ。キブレに頼んで律のスマートフォンの電波を『領域』の外に繋いでもらってから、名刺に掛かれている電話番号へ連絡する。
 本来なら丁寧に自己紹介をするべきところではあるが、自己紹介をして縁を繋ぐつもりはないので。

『はい』
「あ、すいません、そちらの悪霊お預かりしてるんですが」

 端的に用件のみを伝えれば、数秒の沈黙の後深く長い溜め息が返ってきた。電話の相手の苦労が手に取るように分かってしまう。

『……ソイツは、上野とか菅野とか、そういう名前を名乗っているか?』
「ええと……そうですね、名刺にはそのように」
『なら間違いなくうちの従業員だ。申し訳ない、引き取りに行かせてもらう。何処に行けばいい?』

 とんとん拍子で陵の神社の近所で引き渡すことで話はついて、これで一番大きな問題は片付いた。『神納糧』を野放しにしておくわけにはいかないので、封印魔術も掛けている今の状況であれば引き取ってもらえるのが一番いい。金髪黒マスクの青年の話をすれば、一緒に引き取るとの話だった。本人はあのひと怖いだの何だのとぶつくさ言っていたが、そうは言ってもこの青年も野放しにしてはいけない気がする。何よりスマートフォンの弁償もしておかなければ後に響く。
 残るは隼人だ――と思いつつ視線を向けると、彼の傍らにあった短刀がふわりとライアーの姿へと変わって。

「おきろはやと! おわったみたいだぞ、もうだいじょうぶだ」
「う……」

 ぺちぺちとライアーが隼人の頬を叩くと、眉間に皺を寄せながら隼人が目を開いた。大丈夫ですか、と隼人の方に駆け寄っていく陵の姿を眺めつつ。
 ――これで依頼は完遂ということになる。突発でスケジュールにない仕事をするのはやはり疲れる。しかしこういうことがまたいつあるか分からないので、もう少し仕事量の調整は必要かもしれない。それはそれとして、『神納糧』にぶつくさと文句を言っているキブレに視線を向けた。対価はもらわなければならないので。

「ところでキブレ」
「ん?」
「――『人間に害を成すな』って言ったって、素直には聞いてくれないでしょ?」
「当たり前じゃん」
「だよね」

 笑いながら頷くキブレに、ごくごく自然な会話を装って。
 ――その『対価』にキブレが気付くのは、もう少し先の話だろうと思いながら。


 —そして、見慣れた陵の神社の近所にて。
 すぐに『神納糧』を迎えに来た男性は、律たちに丁寧に謝罪し、そして丁寧に『神納糧』の両肩の関節を外し、青年と3人で帰っていった。謝罪の際に金銭で解決出来ることではないだろうけれども慰謝料を、という申し出を律と
陵は固辞し、律は慰謝料代わりに青年のスマートフォンを買ってあげてほしいと申し出をして、次いで怪我を負った隼人には貰っておけと促しておく。何より隼人は本当に巻き込まれているのだから、受け取る権利がある。
 これにて全て、一件落着だ。

「お疲れなかみー。今日はありがと」
「疲れましたねえ……。茅嶋さん、寄られますか?」
「んー、いや、今日は多分桜が用意して待っててくれてると思うし、真っ直ぐ帰るよ。柊くんもお疲れさま、怪我させちゃってごめんね」
「いえ、そんな。お世話になりました」

 ぶんぶんと隼人は首を横に振る。そこでふと気が付く――あの場で名前を言えなかったこともあって、律と陵は隼人に自己紹介をしていない。隼人とは初対面だったのだから、その辺りはきちんとしておいた方がいいだろう。彼とて、いつまでも知らない人間の顔をしているのはしんどい筈だ。

「柊くん、ちゃんと自己紹介しとく。茅嶋 律です、よろしく」
「ああ、それでは私も。中御門 陵です。よろしくお願いしますね」

 今更ではあるが、それでも関係性というのはここから始まるものだ。うっかり繋いだ縁は、いつか役に立つものかもしれない。
 二人の自己紹介に上手く反応出来ずにおろおろする隼人に笑って、終幕。

GM・キブレ・柊隼人/とりいとうか 中御門陵/雅 茅嶋律/雨夜