One Last P"l/r"aying

sequel:For You

 それはクリスマス・イヴのこと。

「……暇だ……」

 ぽつりと律の口から漏れた本音。バーテンダーのバイトを始めてからというもの、クリスマスというのはかきいれ時だったため、いつも多忙で気がつく頃にはクリスマスが終わっている、というのが律の日常だった。クリスマスにかこつけて客に告白されたり口説かれたりと、そういった面倒事もよく発生していたのでとにかく記憶が飛んでいる。
 右手の怪我をきっかけにバーテンダーのバイトを辞めて、魔術を使うのもまだ禁止されている現状、今年はやることがない。久しぶりにクリスマスに家にいても、この手で料理をするのはまだ難しい。リハビリ以外にやることがない今、どうやって暇を潰していいのか。
 ベッドの上でごろごろと寝転がっていると、このまま二度寝してしまいそうになる。そんな怠惰な過ごし方をするのも気が引ける。かといって律は今、一人で出掛けることも許されていない。数日前、黙って一人で墓参りに出掛けたのが椿にバレて、こっぴどく叱られた。14歳に本気で怒られる25歳の構図はさすがに情けなかった。しか椿の『何かあったらどうするのか』という心配が分からないわけではない。律も逆の立場であれば、心配するのは目にみえている。
 折角のクリスマスだ、何かしたい。そもそも仕事ばかりしていたのもあって、椿と桜の2人と共に過ごすクリスマスは初めてだ。年始には実家に帰っていたが、クリスマスには帰れるような状況ではなかった。プレゼントを買いに行くくらいは許されるだろうか。一人で出掛けるのが駄目だというなら、恭を誘えばいいだろう。3人とも今日は終業式だから、昼から出掛けられるはずだ。
 そうと決まれば。恭に『昼から出掛けたいからちょっと付き合って』とだけメールを入れて。帰ってくるまでやることはないが、クリスマスプレゼントを何にするか考えていれば時間も過ぎ去っていく。中学生に何を渡せば喜んでもらえるのかが分からない。自身が中学の頃は楽譜をよく買ってもらっていたが、それは律だから喜べることだ。ややあって恭から『学校終わったんで今から行くっす!どこ行くんすか?』という返事が返ってきた。一人であれこれと悩んでいるよりも、2人と歳が近い恭の方が分かるかもしれない。『椿くんと桜ちゃんにクリスマスプレゼント買いに行きたい』と返事を返せば、すぐに『すぐ行きます!』と返ってきた。恭のすぐ帰る、は本当に早そうで笑ってしまう。
 さてどうしようか、と悩むこと数十分、廊下をばたばた走ってくる音が聞こえた。

「りっちゃんさん!」
「廊下を走るなクソガキ」
「ここ学校じゃないし! お買い物! つばっちと桜っち帰ってくる前に出ないと!」
「……そういえば2人ともまだ帰ってないのか」

 中学生の2人は、恭よりも学校が近い。帰ってくるのも当然早いはずだ。言った瞬間に恭が「やばい」とでも言いたそうな顔をしたのが見えて、合点する。3人で律に内緒で何か企画しているのだろう。明らかに挙動不審な恭に気づかないふりをするべきだろうか。

「どっか寄り道とか! してるんすかね! ほらクリスマスだし!」

 墓穴を掘っている。ツッコミを入れたい気持ちをぐっと我慢して、律は息を吐いた。

「中学生ってさ、何プレゼント貰ったら喜ぶんだろ。恭くん中学生の頃って何欲しかった?」
「俺すか? 中学生かあ……携帯欲しかったっすけどねえ」
「2人とも持ってるからなあ」
「ですよねえ。中学生、うーん」
「ちなみに恭くんは何貰ってた?」
「俺は靴っすね。ランニングシューズ」

 普通に返ってきた返答に、それもそうか、と思う。恭は前からずっと陸上一筋だったのだから、それが一番嬉しかっただろう。
 アクセサリーをあげるには、まだ早いかな、とも考えてしまう。何より、中学生が持ちそうなアクセサリーが律には分からない。

「2人ペアのものとかあげればいいんじゃないすか?」
「ペア?」
「お揃いであげたらあの2人喜びそうじゃないすか。つばっちは桜っち大好きだし、桜っちはつばっち大好きだし、嫌がらないと思うんすよね」
「ペアか……」

 ペアのもの、と聞いてすぐに思い浮かぶのは指輪だが、そういうことではないだろう。中学生の兄妹にペアリングをプレゼントするのはおかしい。実用的なものの方が良いだろうか。

「……あー、時計とか?」
「お、いいかもしんないっすね。あったら便利っす」
「いいペアウォッチ、あるかなあ。ていうか、クリスマス商戦真っ只中に買いに行くのか……」
「何でもうちょい早く思いつかないんすか」
「そもそも今日クリスマスイブだって気が付いたの今朝だよ俺」
「世の中こんなにクリスマスなのに!?……あ、りっちゃんさん外に出てなかった」

 先日出掛けたときにちらほらと見かけたような気はするが、クリスマスムードに溢れた街中を歩いてはいない。
 そうと決まれば。どこの時計にするかを考えなければならないが、百貨店に行けば何かしらはあるだろう。

「中学生にあげる時計ってどれくらいなの、値段」
「そこからっすか!?」
「俺の時計あげてもいいけど」
「りっちゃんさんの時計ってお値段三桁万円の時計じゃなかったでしたっけ……絶対駄目っす……」


「メリークリスマース!」

 その夜、茅嶋家にてクリスマスパーティーが開催された。
 とはいえ別に誰かを呼ぶようなことでもなく、家族と親しい人間のみのこじんまりとしたものだ。用意されたクリスマスディナーはなかなかに豪華で、シャンパンでも開けたくなる。律は琴葉に「状態が安定するまではアルコール駄目ですよ」と止められているので、思ったところで飲むわけにもいかないが。
 椿と桜が楽しそうにしているのを見ると、気持ちが穏やかになる。ちゃんと『家族』なのだな、と思える。紆余曲折あって律が茅嶋家に連れてきたものの、一緒にいることはそれほどなかった。ずっと心配はしていたが、なかなか会う時間が取れるような生活でもなかったせいだ。こうしていると、心配するまでもなく2人が家族の一員になっていることがよく分かる。

「あ、椿くん、桜ちゃん」
「はい?何でしょう」
「何ですか?律兄様」
「これ。俺から2人にクリスマスプレゼント」

 きょとんとする2人の前に、それぞれ箱を差し出す。顔を見合わせた椿と桜は、しかしすぐにぱっと表情を輝かせた。受け取ってそわそわしながら箱を眺める2人に笑いながら開けていいよ、と声を掛けると、椿はちょっと遠慮がちに、桜は目を輝かせてその箱を開けた。
 散々悩みはしたものの、結局何の服を着ても似合いそうな、そして何処に行くにしても着けていけそうなシンプルなデザインのペアウォッチにした。椿には黒の、桜には白の。幾つか候補はあったが、恭に「お願いだから値段も確認して……?」と切実に言われ、中学生が持っていても悪くはなさそうな値段のもので落ち着いた。椿はこの先父の手伝いで色々なところに行くこともあるだろうから、そういうことも考えてはいる。

「わあ……! ありがとうございます! 椿兄様とお揃い……!」
「どういたしまして。2人に気に入ってもらえるといいんだけど」
「気に入らないわけがないじゃないですか! 有難う御座います、大事にします」
「うん。よかったら使ってね」

 椿と桜の顔がきらきらと輝いていて、礼よりもその表情が何より嬉しい。本当に喜んでくれていることがよく分かる。思い立ってみるものだ。一緒に選んでくれた恭にも後でお礼を言わなければならない。
 そうこうしているうちにあっという間に夜が更けて、クリスマスパーティーはお開きとなり。後片付けの最中、急に恭がそわそわし始めた。

「りっちゃんさん!」
「……なに」
「早く寝ないとサンタさん来ないっすよ!」
「待って俺何歳だと思ってんの、いい歳してサンタとか信じてませんが?」
「これだから大人は」
「大人に言うのがその台詞ってどうなのそもそも」

 サンタが来ないと言われても、それで早く寝るような年齢はとっくに過ぎ去っている。恭がおろおろしているのを見て、ちらりと横目で椿と桜を伺えば、2人も少しそわそわしているようだった。何かしらの企みの一環なのだろう。そのうち2人に共謀相手に恭を選ぶのは間違えていると教えてあげるべきかもしれない。
 アルコールが入っていれば酔ってきたから寝る、と言えるのだが、難しい。気づかない振りを通してあげたい気持ちはあるが、兎にも角にも恭が下手過ぎる。下手過ぎるが、気づいていないことにしておきたい。

「……まあ、久しぶりに外で人混みに揉まれて疲れたし、早めに寝ようかな」
「寝ましょう! そうしましょう!」

 ほっとしたように目を輝かせる恭に、言いたいことは喉の奥に飲み込んだ。


 ほぼ強制された状態で部屋に戻ってきた律は、そのままベッドの上に寝転がって考える。本当に寝ておくべきだろうか。そもそもの問題として律は基本的に眠りが浅い、部屋に入ってくるようなことであれば目が覚めてしまう。3年近い付き合いのお陰か恭の気配にはいい加減慣れたのか、それほど目も覚めないが。しかしもし椿が桜が入ってきたら気がついてしまうだろう。
 何にしろ、寝たふりをするしかない。諦めて早々に布団に潜り込み、部屋の電気を消す。律の寝付きがそれほど良くないことは、恭は勿論椿や桜も知っていることだ。恐らく入ってくるとしても、かなり時間を置いてからになるだろう。眠くなるだろうか、と心配になったものの、思っているよりも本当に疲れていたようで。気がつけば夢の世界に引きずり込まれていた。
 どれくらい経ったのだろうか。がちゃり、と扉が開く音でふと意識が覚醒する。一瞬起きなければ、と思って、すぐに思い出して止める。ちょうど扉に背を向ける体勢で眠っていたおかげで、起きたことには気づかれていないだろう。

「……どう? 桜。律さん、寝てる?」
「大丈夫……だと、おもう……」
「静かにね、そーっとだよ」
「うんっ……」

 全部聞こえているのが申し訳ない。ぐっと我慢している間に、そっと部屋の中に入ってくる足音。会話の内容からして、入ってきているのは桜だろう。こと、とベッドサイドに何かが置かれる音。少しの間の静寂の後、足音が遠ざかっていく。

「……大丈夫?」
「大丈夫、多分……」
「じゃあ部屋に戻ろうか」
「うん。……律兄様、喜んでくれるかな……」

 こそこそと、2人の話し声。ややあってがちゃりと扉が閉まって、足音が遠ざかっていく。それを確認してから、律は体を起こした。電気を点けなければ、何も見えない。
 サイドテーブルの上のライトを点けると、テーブルの上に置かれていたのは『Marry Christmas』と書かれたカードが挟まれた白い箱だった。2人で律のサンタをする、ということだったのだろう。今日帰りが遅かったのは、これを買いに行っていたからということだ。律にこうしてプレゼントを買おうと思ってくれた気持ちは、やはりとても嬉しい。
 いそいそと箱を開けてみれば、中から出てきたのは。

「……手袋」

 右手を怪我して。人前に晒せるような状態ではないから、何か手袋でも買わないといけないね――という話は、このところ確かにしていた。しかしそれは2人とではなく、恭との話だ。恐らく恭が2人にその話をして、2人は律に手袋を買うことに決めたのだろう。黒のレザーの手袋はしっかりとした作りのもので、一体何ヶ月小遣いを貯め込んでいたのだろう、と思う。千里は椿と桜にそれほど多くの小遣いは渡していないはずだ。
 包帯の上からそっと手に嵌めてみると、しっくりと来る。これであればスーツを着ていても嵌めていられるし、カジュアルな服装でも特に問題はないだろう。2人でああだこうだと悩みながら選んでくれたのだろうな、と思うと胸が熱くなる。
 ――ああ。本当に、よい『家族』に恵まれた。
 自然に顔がほころんで。そうして律は、渡し損ねたままのもう一人へのクリスマスプレゼントのことを思い出す。こればかりは律もサンタをするしかないだろう。恭は朝起きるのがいつも早い――夜の間に済ませないといけない。
 椿と桜はそろそろ部屋に戻っただろうか。律が起きているのが露見してしまうと、2人の計画が台無しで申し訳なくなる。
 百貨店で、2人のペアウォッチを買うときに恭に内緒で買ったもうひとつの箱を手に。律は今頃客間でぐっすりと眠っている恭のところへと向かったのだった。