One Last P"l/r"aying

11

 朝方4時に起こされるのは変わらなかった。曲が分かったからなのか、今回はダンスマカブルだということは理解出来た――二度寝しようとすれば玲から電話が掛かってきて、やはり聞こえたか、という話になり、全然眠れなかったせいで疲労が強い。
 そんな中で悠時から連絡が入ったのは、翌日の昼過ぎ。その連絡を受けて、玲が律の部屋を訪れていた。
 ダンスマカブルを練習しているグループのフルートは2人。1年の新藤 奈南美と、3年の瀬川 由宇。その2人は今日現在、どちらも体調不良の為休んでいるとのことだった。一応、と全員の学年と名前が送られてきていたが、律と玲の間で見解は一致している。――調べるべきは、フルートから。

「俺、瀬川のことは知ってます。去年試験の伴奏頼み込まれて引き受けたんで。ふっつーの子ですよ」
「そうか。ならまずは当たるなら新藤だな」

 新藤 奈南美。
 律も玲も特にサークル活動をしている訳ではないこともあって、1年生とはさほど交流がない。休んでいるということならば、家に押し掛けるしか会う方法が思い浮かばない。バイトをしているならバイト先、ということもあるだろうが、体調不良でバイトをしているとも思えなかった。

「このままでは話が進まないな。新藤について調べてみるか。無駄足にならなければいいが」
「じゃあ一応瀬川のことも調べてみます?」
「いや、茅嶋が一般人だと思うなら一般人だろう。それは信じる」
「……違ったらどうするんですか」
「その時はぶん殴る。まあいい、ちょっと待ってろ」

 言い残して、玲は携帯片手に部屋の外へと出て行く。知り合いに心当たりでもあるのだろう。少なくとも律よりは顔が広い、どこかに伝手があってもおかしくはない。
 10分程待ったところで、玲が電話片手に戻ってきた。にい、と笑う笑顔は恐らく、良い報告だ。

「茅嶋。明日の予定は」
「……1限から5限までみっちり授業ですけど……」
「そうか。じゃあ寝てろ。今日の夜中に新藤 奈南美の家に行く」
「はあ?」
「オケに新藤の知り合いがいてな。自宅が聞けた」
「……あっさり教えてもらえたんですね?」
「合コンで釣れた」
「あー」

 その程度で他人の個人情報を喋るのはどうなのか、とは思うが、そこは玲が築いてきた信頼があってこそなのだろう、と思うことにする。少なくとも個人情報を悪用するような人間ではない。律としても、調べなくてもよい、というのは助かる。演奏会が終わって気が抜けているので、動いたところでいつもよりは緩慢になってしまう可能性が高い。

「ちなみに日程は今日じゃないと駄目なんですか?」
「新藤が原因でないなら調べ直さないといけないからな。早い方がいいだろう、私に時間がないし」
「あ、そうか……」
「まあ何なら明日の授業は諦めてくれ」
「嫌ですよ俺の単位を何だと思ってるんですか」
「充分足りてるだろうがお前の場合……どんだけ授業受ける気だ……?」


 その後、玲に昼食をせびられて振る舞って、食べるだけ食べて玲は帰っていった。自宅が食堂になった覚えはないのだが、作った料理を美味しいと食べてもらえるのは有難いので気にしないことにする。
 睡眠不足ではあるが、寝ていろと言われて眠れるものでもない。部屋を片付けた後は何となくピアノの前に座っていた。思いつくままに弾いていればあっという間に夜になり、2時間程仮眠を取ってから夕飯。シャワーを浴びてテレビを眺めていると、携帯が音を立てる。発信者は確認するまでもなく、玲だ。

『茅嶋。家を出る用意は出来てるか?』
「着替えたらすぐにでも。何処に行けばいいですか?」
『終電でいい。新藤の家までの道順を説明する。最寄り駅から姿は隠せ。悟られるなよ』
「……? 玲先輩今何処に」
『新藤の家の前だよ。……これはアタリだ』

 そう呟く玲の声は、心なしか強張っているような気がした。一体何を感じているというのか。これまでも玲とは幾度も仕事をしてきているが、こんな雰囲気の玲は初めてだ。
 終電の時間を調べるのも面倒だ。電話をスピーカーにして、律はそのまま着替えを探して服を漁る。流石に部屋着のまま外には出られない。

「アタリってことは何か感じる的な?」
『感じるどころの騒ぎじゃない。お前も来れば分かる。ダンスマカブルを使って何をするつもりかは知らんが、ロクなことじゃなさそうだ』
「……すぐ行きます」
『分かった。気をつけろよ』

 駅から奈南美の家までの道順を聞いて、電話を切る。そう遠い場所ではない。律の家から3駅離れている程度だ、到着まで時間は掛からないだろう。
 服を着替えて家を出て、律は駅へと向かう。駅まで徒歩10分。そこから電車に乗って5分程度。電車を降りて、奈南美の家まではまた10分程の道のりだ。人気がない場所を選んで、律は立ち止まる。
 集中。間違えないようしっかりと『リズム』を刻んで、口笛ひとつ。律自身は自覚しにくいが、魔術を身体に纏うことで他者からの認知が著しく下がった状態となっている。かなり疲れてしまうので滅多なことでは使いたくないのだが、姿は隠せと言われた以上従うしかない。人に当たればで向こうにはぶつかった感覚があるし、本当に『認知しにくい』だけであることも手伝って、あまり長時間使うべきものではない。
 周囲に気を遣いながら歩いていけば、すぐに玲の姿は見つかった。律に姿を隠しておけと言った割に玲が隠していないことに、少しだけ不安を抱く。
 声をかけようとして、気付く――場の空気が、尋常ではなく重い。

「……茅嶋か?」

 律の気配に気がついたのだろう。律の方を見ないまま、玲が口を開く。今の状態であれば、律の姿は玲にも見えていない。何となく気付いた、というところだろう。肯定を示す為に、とん、と肩を叩いておく。

「随分早いな。声は出すなよ。……既に向こうは私のことに気付いてる。この空気は分かるな?何かの術が展開してると見た方がいい。……止めに行くぞ」

 返答の代わりに、もう一度肩を叩く。よし、と頷いた玲はその右手に相棒の銃を携えて、警戒した足取りで先を歩いていく。歩くたびにどろりとした空気が絡みついてくるようで、酷く嫌な感触に寒気がする。
 玲が足を向けたのは何処にでもあるようなアパートの一室だった。2階の角部屋、表札にはポップな雰囲気の『新藤』の文字。一見して女の子の家なのだろうなということが見て取れる。その部屋の前で、玲は銃口を鍵に向けた。

「…装填・《風》。最低出力、駆け抜けろシルフィード」

 がちゃん、と風の力で鍵が回る音がする。まずはインターホンじゃないのか、と思った気持ちは心の中に留めておく。状況としては、のんびり出てくるのを待っていられるような雰囲気ではない。
 律の困惑をよそに、玲は中に入っていく。広いアパートではないが、部屋は薄暗かった。幾つかの間接照明だけが部屋を照らしている。部屋の様子はよく分からないが、それだけでも侵入者を見つけるには事欠かない。

「こんな時間に随分乱暴な入り方をなさいますね。品性を疑いますよ、柳川先輩」
「……新藤 奈南美だな」
「ええ、初めましてですね」

 部屋の中には、一人の女が立っているのが伺えた。ゴシックロリータの服に身を包んだ、人形のような。長いストレートの黒髪の女であることは窺える。にこにこと笑っているようだが、彼女が醸し出している空気は普通ではない。

「そろそろいらっしゃる頃だと思ってました。まあゆっくりお話でもしましょうよ、柳川先輩」
「……断る。大体何が先輩だ、私の3倍は生きている癖に」
「あら。失礼ですね、私はまだ18です」
「そんなくだらない嘘を吐くなよ、『魔女』が」
「……あらまあ。そこまで分かっていたんですか」
「大体そのわざとらしい敬語を止めろ気持ち悪い、虫酸が走る」

 2人で話を進められても、律には意味が分からない。ただ、玲の発した『魔女』の言葉に眉を寄せる。『彼方』の存在、『魔女』。『ウィザード』もある種魔女と呼べるのかもしれないが、それとはまた一線を画す。彼らは『ヒーロー』や『ヒロイン』が『彼岸』に引き摺られた存在であり、使い魔を使用した情報収集に長けている存在だ。
 にこにこと笑顔のままの奈南美はどうにも不気味だ。玲が黙って銃口を向けているが、それに動じる様子はない。

「ダンスマカブルを使って何を企んでいるのかは知らんが、早急に止めて貰おうか」
「あら。私何か柳川先輩にご迷惑をおかけしましたか?」
「……否定はしないのか」
「だって、バレていることですし。わざわざ隠しても仕方ありません。……それに、そろそろ時間ですから」
「時間?」

 ――時間。
 フルートが聞こえてきたのは決まって朝方4時頃だった。ダンスマカブルだと分かったとき、それに引っかかったことを思い出す。ダンスマカブル、死の舞踏、その詩が指し示す時刻は。

「玲先輩っ!」

 奈南美がフルートを構えるとほぼ同時、律は思わず叫んでいた。声を出すなという言いつけを守っている場合ではない。引き金に指を掛けた玲の身体を自分の方へと引き寄せる。
 一音。
 あまりにも禍々しいとしか形容できない、フルートとは思えない音階の音が聞こえたその瞬間、先程まで玲がいた場所の床が抉れて不可思議な空間と化していた。恐らくは『彼岸』の『領域』と繋がる、何か。玲がその穴に呑み込まれることは防げたものの、律の腕の中で玲はぐったりしている。先程の一音で意識を飛ばされてしまったのだろう――たったの、一音で。

「なっ……」
「……あら。やっぱりもう一人いらっしゃいましたか。残念、折角上手く誘い込めたと思っていましたのに」

 残念そうに呟く奈南美は、フルートを手放さない。薄闇の中目を凝らせば、その手にあったのは真っ黒なフルートだった。見た目も、そしてその雰囲気も、聞こえた音も、何もかもが禍々しい。何より、あんなモノに口をつけてしまえばどうなってしまうか分からない。頭がおかしくなってしまいそうだ。それを持っていられるからこそ、彼女は『彼方』なのだろう。

「見事な隠身術ですねえ。……貴方は雪乃さんのご子息ですね、茅嶋先輩」
「……!」
「雪乃さんには大変お世話になりました。宜しくお伝えください」
「……何で、」

 雪乃――茅嶋 雪乃。それは確かに、律の母であり現在の『ウィザード』としての茅嶋家の当主の名だ。何故奈南美からその名前が出るのか。そしてなぜ、彼女は律を知っているのか。
 名前だけであれば、それは不思議なことではない。律は雪乃が界隈では有名な『ウィザード』であることは知っている。母がヨーロッパを拠点にしている理由の1つだからだ。

「稀代の天才、世界で5本の指に入る『ウィザード』。その雪乃さんのご子息というのは荷が重いでしょう」
「……、だから何」
「そうそう、先日の演奏会のカンパネラ、聴かせて頂きました。お見事でしたわ、美しくて、綺麗で――あまりにも美しすぎて、虫唾が走りました」

 瞬間。
 目に見えない衝撃に、律の身体は吹き飛ばされていた。無意識に輩を守るように身体を捻ったせいで、強かに壁で背中を打ちつけて。

「ぐ…っ、ぅ」

 息が詰まる。奈南美はそんな律に構うことなく、淡々とフルートを吹き続ける。
 禍々しい音。それはあまりにも気持ち悪く、吐き気を覚える。しかし奏でられている旋律は、間違いなく幾度となく聞いたことのある曲。ダンスマカブル、死の舞踏。
 視界がぐらぐらと揺れる。何か魔術を構築してとにかくこの状況から逃げ出さないと、と思うのに、手が震えて止まらない。こんな状態では魔術を発動させたところで、絶対に失敗する。とにかくあのフルートの音を止めないと、確実にこのまま意識を飛ばされてしまう。そして今律が意識を失てしまえば、間違いなく玲が連れて行かれてしまう。
 何か手を打たなければならない。思考がまとまらない頭で必死で考えながら、何か使えるものはないかと視線を彷徨わせて。

「……っ、玲先輩、借ります……っ」

 目に入ったのは、玲が構えていた銃。
 勿論のこと、銃を使ったことはない。この銃の基盤さえ知らない。いつだったかモデルガンを魔術で分解して携帯し、なおかつ魔術の発動条件にしている、という話を聞いたことがあるような気がするが、詳しいことは全く分からない。魔術の使い方は千差万別、同じ『ウィザード』であっても律の構築方法と玲の構築方法は根本的に違うものだ。故に、この銃を使ったところで何が出来るかは分からない。――それでも、イチかバチか。
 震える手で銃を構える。面白そうに奈南美が笑ったのが見えた。途端、身体にかかる負荷が大きくなる。全身が圧し潰されて、ぎしぎしと軋む。
 この状態では『リズム』は使えない。『旋律』だけで術式を組み立てる術は持っていない。ならばどうするか。考えるまでもない、『ウィザード』として初心に返ればいい。

「――【我を守りし神よ、我を統べし者よ、その力を示す刻は来た】」

 呪文詠唱で魔術を使うなど、十年以上していない。必死で曖昧な記憶を辿って、そして集中した瞬間、口から勝手に言葉が零れ出ていた。銃に意識が集中していくのが分かる。身体にかかっている負荷のことなんて忘れて、淡々と紡ぎ出す、詠唱。
 無理矢理術式を構築し、展開するようなものだ。失敗する可能性のほうが高い賭け。それでも、いけると信じるしかない。

「【その力、雷となりて我に害為す者を討て】!」

 引き金を引いたその瞬間、目の前が真っ白に染まった。


「ほんっとうに、すまなかった!」
「いやもう、いいですって、顔上げて下さい玲先輩……」

 玲が目を覚ましたのは、既に朝方だった。
 目を覚まさない玲を部屋まで何とか連れて帰ってきて寝かせて、律もうとうとと眠っていたのだが、目を覚ました玲に叩き起こされた。疲れた頭で事の顛末を説明すれば、玲に土下座されるという有り得ない状況に陥っている。
 あの後、律が玲の銃を使って何とか展開した術は、奈南美が持っていたフルートを打ち砕くことには成功した。音が止まった途端に身体が楽になって、すぐに体勢を整えたのだが。

『あらあら、壊されてしまいましたか。つまらない。……まあいいでしょう、今回はここまでということに致しましょうか。それではまたの機会に、茅嶋先輩。柳川先輩を連れてさっさと出て行って下さいません?』

 にこにこしている奈南美に、変わらない笑顔でそんなことを言われ。そして恐らく律の今の実力では簡単に勝てないであろう相手を、玲を守りながら戦える自信もなく、警戒はしつつも撤退した。逃がしてもらった、というのが正しい状況だったとも言える。
 結局、新藤 奈南美の目的は分からなかった。

「そういえば茅嶋」
「はい?」
「あの時何故、私が攻撃されることが分かったんだ?」
「あー……だってあの時、ちょうど0時だったんですよ」
「0時?」
「死の舞踏で死神が現れるのは真夜中、つまり午前0時。それに玲先輩、自分で呼ばれてるかも、って言ってたじゃないですか。死神が奏でるのはバイオリン、だから何となく新藤 奈南美の目的は玲先輩なんじゃないかと思ったんです」

 玲のヴァイオリンの実力はよく知っている。それに、だからこそピアノである律は今回あまり関係がないのではないだろうか、と少しだけ考えた。確かにダンスマカブルは聴こえていたけれど、それは『感じた』だけ。律が聞いただけでは曲名は分からなかったのは、分からないようにされていた可能性の方が高い。
 そして午前4時だったのは、玲を引っ掛ける為のフェイク。あの時律が玲の言う通りのんびりと終電で向かっていたら、もう間に合っていなかった可能性が高い。実際どうなっていたかは分からないが、玲がああして奈南美の部屋に入っていなくても、フルートが吹かれた瞬間にあの得体の知れない穴に呑み込まれていた可能性も高いと言える。
 知らない間に、周到に用意されていた。だからこそ玲は呑み込まれないまでも、たったの一音で気を失ってしまった。仮説だが、自信はある。
 律の話にそうか、と頷いた玲は、それでも申し訳なさそうに溜め息を吐いて。

「私はお前が狙われているんじゃないかと思っていたんだ。先日の楽譜の件もあったからな」
「あ……」
「私が狙われている可能性も考えてはいたんだが、茅嶋が狙われている可能性の方が高いと踏んだ。だから姿を隠させたんだが、……失策だったな、すまなかった」
「いや、もう、何事もなく無事で帰ってこれましたし。本当に気にしないでください」

 いつもは、律がずっと玲に助けられている側だ。たまにはこんなことがあってもいいだろう、と思う。――それに、律にはひとつ玲に謝らなければならないことがある。

「あのー、それに、言いにくいんですけど……」
「何だ?」
「……ちょっと玲先輩の術式土台にして自分の術式無理矢理突っ込んだんで、銃、壊しちゃいました……」

 ごめんなさい、と謝罪を口にしつつ、恐る恐る律は玲の前に壊れた銃を差し出した。
 本来であれば、少なくとも律が使っている術式の場合、呪文詠唱を使って術式を展開する場合は魔法陣の描画が必須だ。けれどあの時、身体が上手く動かせない圧力の中で指先で細やかな動きをするのは不可能だった。だからこそ、元々術式が埋め込まれているであろう玲の銃を使って、その上に律の呪文詠唱で無理矢理術式を展開している――合わない、そもそも成り立ちの全く違う術式を無理矢理組み込んだのだから、使えたのは奇跡的だ。
 当然ながら、そんな無茶にこの銃は耐え切れなかった。一発で完全に壊れている。引き金がびくともしなくなってしまって、銃としては使えない。
 驚いた顔で銃と律を見比べて、そして玲は笑う。

「構わん、壊れたなら直せばいいだけだ。命があっただけ感謝しないとな」
「すいません……」
「いいんだよ。ありがとう、茅嶋。……しかし新藤のヤツ、何を企んでいるやら。暫く気は抜けないな……」
「……『魔女』、ですか」
「ああ。……『彼方』だな」

 険しい表情で小さく呟いて、玲は溜め息を吐く。
 『魔女』――『彼方』。あまり聞きたい響きではない。そしてもう一つ、律には気にかかることがある。奈南美の口から母の名が出たことだ。
 雪乃の実力は、律自身が身を以て知っている。雪乃と奈南美が相対したことがあるとすれば、奈南美は雪乃から生き延びているということだ。どう考えてもそんな相手に勝てる気がしない、というのが正直なところだった。

「……はあ。落ち着いたら腹が減ったな」
「言うと思いましたー。朝飯作りますよ。のんびり食べてれば俺も学校行く時間になるし」
「何だ休まないのか。真面目だなお前は」

 立ち上がってキッチンに向かいながら、今後のことについて考える。楽譜、フルート、ダンスマカブル、『魔女』、そしてその『魔女』の口から出た雪乃の名前。

「……一回実家帰るか……」

 忙しい雪乃がたまたま帰ってくるということは期待できない。それでも実家に戻れば何かしら誰かから話が聞ける可能性はある、一度相談してみるのは悪手ではないだろう。
 そんなことを考えながら、律は冷蔵庫を開けて朝飯のメニューを考え始めたのだった。