One Last P"l/r"aying

04

 その日は律にとっては貴重な、何の予定も入っていない休日だった。ベッドの上でごろごろと寝転がりながらさて何をしようかと思案する。家に置いてあるピアノの調律、新しい楽譜の買い物、この間たまたま点いていたテレビで見た好みの雰囲気の料理を作ってみるのもいい。楽器屋か本屋に買い物に出掛けて、その帰りにスーパーに寄って食材を買って。どういうルートになるだろうか、と考えると今度は面倒になってくる。
 元より、律の休日は『ウィザード』としての仕事で潰れていることが多い。丸一日予定がない日は本当に貴重だ。やはりたまにはだらだら寝ておこうか。しかしせっかく時間があるのであれば、ピアノの調律だけはしておいた方が良いだろう。定期的に調律師を呼んではいるが、自分で出来る定期的なメンテナンスを怠った結果として、いつもよりも早めに呼ばなければならなくなるのは避けたい。
 そうと決まれば。身体を起こして、ピアノを置いている隣室に向かおうとしたその瞬間――ダイニングテーブルの上に放置していた携帯が音を立てた。

「……えー……」

 決めたタイミングでどうして電話が鳴るのか。少しがっかりした気分になりながらも形態を覗き込むと、ディスプレイに表示されていたのは『芹ちゃん』の文字。思わず時計を確認すれば、ちょうど彼女が昼休憩の時間帯に連絡してきたのだろう。わざわざそんなタイミングに連絡してくるのは珍しい。
 何かあったのだろうか。少しだけ嫌な予見を覚えつつ、律は電話を取った。

「はい」
『あ、茅嶋くん? 芹ですー』
「うん、どうしたの?」
『茅嶋くん、直近で空いてる日ってあります?』
「今日」
『えっ、今日おやすみですか? めずらしー。……うーん、流石に今日これから、っていうのは芹が無理だなあ……今日以外で』
「ちょっと待って、何で?」

 一体何の話だろうか。
 ごそごそと手帳を引っ張り出して、自分の予定を眺める。恭に真顔で「スマホのアプリ使ったらよくないすか?」と言われたことはあるものの、どうにも律はそういうものが苦手だ。仕事上デジタル的なものを使うのは憚られることも手伝って――インターネット上に潜む『彼岸』も存在するから、という理由だ――こういうことはアナログで行う癖がついている。部屋には一応律と恭の予定を書き込むためのカレンダーも貼っているが、恭が首を突っ込んでくることが目に見えているので、『ウィザード』としての予定は書きこまないことにしている。
 直近のスケジュールに空きがないわけではないし、他の予定を繰り上げたり早めに済ませれば予定は空けられる。最悪バイトは休ませてもらうこともできるが、そちらはなるべく休まない方向で考えたいところだ。

『えーっと、お仕事の依頼なんですよねえ』
「芹ちゃんが? 俺に?」
『っていうかですね、芹の幼馴染みの方に回ってきたお仕事を芹が引き受けたんですよ。あの子この間娘ちゃんが生まれたばっかりでまだまだ大変だろうし、そんな状況で危なそうなお仕事させたくなくって、芹がするから任せなさい! って安請け合いしちゃったんですけどぉ……さすがに一人じゃちょっと』
「ああ、成程ね」

 つまりは『ウィザード』としての同行依頼ということだ。それならばどこか1日しっかり時間を空けた方がいいだろう。
 芹の幼馴染みの話は、何度か聞いたことがある。芹と同じく『神憑り』と呼ばれる『此方』の力を持ち、幼い頃から『彼岸』に関わる仕事をかなりこなしている人と聞いた。由緒正しい神社の巫女で、『神憑り』としての能力を本職にしている者。言われてみれば少し前にバーで話をした時、芹が幼馴染みに子供が生まれて、と嬉しそうに話していたのを聞いたな、と思い出す。そんな状況の幼馴染みに仕事をさせたくないのは道理だ。
 さて、と考えて手帳を眺める。律にとってもバーテンダーのバイトはなるべく休みたくないとはいえ、一応本職は『ウィザード』だ。『彼岸』に関わる仕事となれば、我儘も言っていられない。

「うーん、でも直近だと週末はちょっと厳しいんだけど、その仕事って急ぎな感じ?」
『あ、平日でいいですよ! 全然。芹有休取りますし。あ、でも出来れば今月中だと有難いです』
「そっか。……ええとじゃあ、来週の水曜かな。調整して一日空けとく」
『おっけーです、ありがとうございますー。……あ! 芹がお仕事するって言ったら悠時さん心配するんで、とりあえずナイショにしてて下さいね』
「ん、分かった」
『芹も恭ちゃんにはナイショにしときます』
「うん、お願い」

 恭の耳に入れば、何が何でもついていくと大騒ぎするのが目に見えている。芹も恭のその辺りの性格は把握しているし、律がなるべく今日を巻き込みたくはないと思っていることも分かってくれている。

「じゃあ、先にの詳しい話聞きたいんだけど、どうしよ。芹ちゃん今仕事中でしょ?」
『ですー、今日の夜も予定あって……。んん、じゃ、明日! 明日にでも茅嶋くんとこにお邪魔しますね』
「分かった。じゃあ明日ね。待ってる」
『はぁーい』


 翌日、天気は荒れ模様だった。
 雨の音が強く、この状況では人も外を歩かない。出勤していた店長と2人で暇ですね、と会話をしてしまう程度には客が来る様子もなく、いっそこのまま閉めてしまえるのではないかと思う。

「こんばんはー」
「あ、芹ちゃん。いらっしゃいませ」
「もう外大雨ですよ! ずぶ濡れですよー、サイアクです……」

 そんな中バーにやってきた芹は、傘を差していたにも関わらずかなり濡れていた。思わずタオルを差し出しながら、この様子ではもう客が来ないだろうと判断する。
 店長の許可を得て、休憩という体裁で芹と二人、奥の座席に腰掛ける。どちらにしろ仕事もこの状況では掃除しかやることがない。芹の手にはスコッチのロック、律の手には烏龍茶。お疲れ様、とグラスを合わせて。

「……芹ちゃん普段はカシスオレンジの癖に」
「芹こっちのが素だって茅嶋くん知ってるじゃないですか」
「まあね……」

 悠時に向けて、というよりは職場の問題なのだろう、と律は思う。故に他に人がいる場合は気を抜かないようにしている、というのが彼女の普段の過ごし方だ。悠時と芹は職場の同僚だが、まだ出会ったばかりの頃に芹のことを「総務のアイドル」と称していたことがある。普段は可愛い女の子として振る舞っているのだろうな、というのがよく分かる表現だった。芹が悠時と付き合いだした理由については、律は何となく想像がついている。20年来、律が悠時と付き合いを続けている理由と、恐らく同じ。

「えっと、お仕事なんですけどー。古いお屋敷の調査なんです」
「お屋敷?」
「おっきな日本家屋で、でももうぼろっぼろで誰も住んでなくて、その家の持ち主ももうとっくに亡くなってて、危ないから自治体側で金銭負担して更地にしようってことになったらしいんですけどね。解体の話になると業者さんが事故に遭ったり病気になったりっていうよくあるアレ。頼んだ業者さん、全部引き上げちゃって今お手上げ状態なんですって」
「あー。解体できないやつかあ」

 古い日本家屋で曰く付き、というのは然程珍しいことではない。良いもの悪いものの差異はあれど、大抵の場合何かいる、というのが通常だ。律としては驚くことでもない。

「ちなみにだけど解体を諦めるって選択肢はないんだよね」
「既に解体しちゃわないともう危ないんですって。改修もしてないし、少なくとも30年は無人で放置状態らしくて」
「あー。そりゃあ解体したいな……」
「幼馴染みが言うには、その家から出られないコが居て、そのコが悪さしてるんじゃないかって話でした」
「妥当なセンだね。……ていうかもうそこって解体しても新しいもの建てない方がいいやつ」
「それはまあ、芹たちにはなーんにも関係のない話ですね」

 はっきりと言い切る芹に、クールだな、と律は苦笑する。そこに居るのが怨霊という形の『彼岸』だと仮定した場合、長い間そこに居るのであれば土地として良くないものに成り果てている可能性は高い。浄化するにも時間が掛かるだろう。下手をすれば『彼岸』の溜まり場、吹き溜まりになってしまっている可能性もある。そうなってくると全てを解決するのは厳しいだろう。ひとまずは、その家を解体できるように持っていくのが仕事と考えた方がいい。
 出来ればもう少し詳細な情報を手に入れておきたい。幸い、現地に向かうまでにまだ時間はある。

「芹ちゃん、俺の携帯にその家の住所送って貰ってていい?」
「おっけーです。事前調査です?」
「うん、一応。何も出てこなければそれはそれで」
「じゃあ送っときますねー」

 グラス片手に、芹は慣れた手つきで携帯を弄る。それを横目に見ながら、律は思考を巡らせた。
 解体できない日本家屋。持ち主は亡くなっている、30年以上放置されている場所。その『場所』に閉じ込められているのであろうものはほぼ間違いなく、怨霊となっている『彼岸』ということになるだろう。――しかし、そこまで放置されていたのにどうして急に解体の話になったのか。どちらかといえば、30年以上放置されていた理由の方も気にかかる。

「うーん……」
「ムズカシー顔してますねえ、茅嶋くん」
「いや、簡単に終わる仕事じゃなさそうだな、と思って」
「まあ幼馴染みのトコに来たお仕事ですし、茅嶋くんのおうちのお仕事とレベルは変わらない可能性はありますよー。報酬も結構もらえますし」
「え、そうなの?」
「ですです。……ていうか茅嶋くん、芹がわざわざ休み取ってでもお仕事行くんですよ? 無償なワケなくないです?」
「……ですよねー」


 合間を縫っての事前調査。芹が律に送ってきた住所は、律の家から車で凡そ2時間程の田舎だった。律は車の免許を持っていない為タクシーか、と考えていたものの、帰りにタクシーが呼べない可能性も考え、芹が当日レンタカーを借りて律を迎えに行く、ということになった。
 図書館で虱潰しにその場所のことを当たってみたが、情報は異様なまでに少なかった。場所柄でもあるのだろう、外に情報が出て行くことがほとんどない閉鎖的な地域というのは実在する。どうにか見つけたのは新聞記事の片隅に、その地域の出身者が30年前に別の県で変死しているという小さな記事が掲載されていただけ。
 バーでも馴染みの常連にそれとなく尋ねてはみたものの、ほとんどが「それ、どこ?」という反応だった。知っているとしても本当に地名を知っているだけで、その場所に関する情報はゼロ。閉鎖的で、周辺との付き合いがない地域――となると、最早現地を調べるしか方法がない。それが分かっただけでも収穫というべきか、というのが正直なところだった。
 迎えた翌週の水曜。事前の話通り、レンタカーを借りてから芹が迎えに来た。

「ねえ茅嶋くん。ちょっと芹思ったんですけどー、フツーお迎えとかって男の人がしてくれるものじゃないんですかねえ?」
「ごめんね免許持ってなくて……持ってる必要性を感じなくて……」
「役に立たない男ですねー」
「仕事断っていい?」
「あ、それは駄目です」

 軽口を叩きつつ、2人で目的地を目指す。道中で悠時や恭の話をしつつ、合間に休憩を挟んで片道2時間半のドライブ。辿り着いた場所はカーナビゲーションも特に役に立たないのではないかと思う程に、見渡す限り山と田畑が広がっているような場所だった。
 事前情報の通り、間違いなく田舎である。しかし、見る限り山も田畑も荒れている。ぽつぽつと民家はあるようだが、どこにも人の気配は感じられない。集落全体に人が住んでいないのではないだろうかと思えるほどで、やはり何故急にこんな場所にある屋敷の解体の話になったのかが分からない。
 荒れた田畑の景色の中に現れる、一際大きな古い屋敷。一目見ただけでそこが目的地だということがすぐに分かった。屋敷の前で車を降りて、律と芹は顔を見合わせた。都会暮らしの2人にとって、田舎の空気は美味しい、と言いたいところではあったのだが。

「これは……ひどいね……」
「サイッアクですねぇ……」

 空気の色すら黒く染まっているのではないかと思えるほどに澱んだ雰囲気が、集落全体に漂っているかのようだった。昔は立派だったのであろう門の前から中を覗き込めば、中の日本家屋は本当にぼろぼろだ。大きめの台風でも来た日にはあっという間に倒壊してしまうのではないかと思ってしまう。
 状況としては、非常に悪い。こんな場所を調べる場合は、当たりをつけるとすれば。

「納屋だな」
「納屋ですね」

 律と芹の見解は一致している。古い日本家屋を調べる場合の定石だ。
 昔の習慣として、『人目に触れて欲しくない存在』は納屋や離れといった場所に閉じ込めて隔離してしまうことが非常に多い。そこでそのまま餓死させられてしまったり、食事を与えられていたとしても発狂して死んでしまうこともままある。或いは、殺してしまってから死体をその場所に封じていたことさえ、かつては有り得た話である。死体が埋葬されることもなくそのまま納屋や離れごと封じられて、そして怨念めいたものがその場所に残って、という例は決して珍しいことではない。
 一歩、門の中へと足を踏み入れる。その瞬間、眼前の景色は一変した。

「……これは手こずりそう」

 眼前に広がっているのは、先程までの荒れ果てた屋敷ではない。代わりに美しく手入れの行き届いた日本庭園と、荘厳な屋敷。『彼岸』の力で、彼らの『領域』と呼ぶべき場所に入ってしまった、と見ていいだろう。現世とは隔絶する結界、『彼岸』がその力を遺憾なく発揮できる場所。

「ありゃー。閉じ込められちゃいましたね」
「出れない?」
「見えない壁が出来ちゃってます」

 律に続いて中に足を踏み入れた芹は、門の方に向かってこんこん、と宙を叩いてみせる。門の外の様子は何も変わっておらず、乗ってきたレンタカーと荒れ果てた田畑が見えてはいるが、芹の拳が門の外に出る様子はない。見えるだけで、そこから出ようとすると何かに阻まれるということだろう。その様子を見ながら、律は芹の肩に目をやった。いつの間にか、一羽の赤いカナリアがそこに乗っている。
 その赤いカナリアは、芹の『此方』の力を使うための存在。『神憑り』――神、『彼岸』の存在に愛され、その力を使うことを許された者。その『彼岸』が良き存在であれば『神憑り』と呼ばれ、悪しき存在であれば引き摺られた『彼方』、『憑物筋』となる。芹に憑いている『彼岸』は炎の鳥、『鳳凰』の概念を持つ存在。芹が危険になる可能性があると判断して、仮の姿である赤いカナリアの状態で姿を見せたということだろう。

「まあ、犯人見つけて倒しちゃえば出れますよね」
「そうだね。先に納屋探しちゃおうか」

 広い屋敷とはいえ、納屋を探すだけで済んでくれればそこまで時間はかからない。納屋でなければ屋敷の中を捜索することとして、ひとまず庭園の中に入る。屋敷の外周を回るようにして歩いている最中、時折鹿威しがカコン、と音を響かせるのが耳に気持ちいい。手入れの行き届いている風情のある良い庭園だが、一体これは何十年前の風景なのだろうか、と律は考える。

「あ。茅嶋くん、アレじゃないです?」
「ぽいね」

 屋敷の奥まったところにひっそりと、周囲の風景からは断絶されるように――外からは見えないであろう位置に、異様な雰囲気を放つ古ぼけた納屋が姿を現した。近づいて確認するまでもなく、その周辺の空気が澱んで重たいものに変質しているのが分かる。恐らく不用意に開かない方がよいだろう、と思いつつそちらに足を向けて。

「ソレに触るな」

 聞こえたのは、敵意に満ちた気だるい声。周囲を見回しても姿はない。納屋が放っている異様な澱んだ空気のせいで気配も掻き消されているのか、どこからこちらを見ているのかも分からない。

「芹ちゃん」
「ふーむ。……どちら様でしょう」
「ソレに触るな」
「理由を教えてもらえないと。そもそも姿見せてくれても良くないです?触るなだけならそれはちょっと出来ない相談ですよー?」
「触るなと言っとる」

 気だるそうに忠告を続ける声からは、会話をする気が感じられない。そして姿を現す気もないのか、何処にいるのかもやはり掴めない。
 ぴり、と張り詰めた空気を感じて、律はそっと一歩下がった。ぴい、と芹の肩の上でカナリアが鳴く。場を切り裂くように鳴り響いたのは、舌打ちの音。

「人に物頼むなら出てきて話せや、ナメてんのかテメエ」
 地を這うような低い声。――声の主は、芹だ。完全に別人のような不機嫌な表情で、すっと芹が構える。瞬間、ふわりとカナリアが飛んだ。それは一瞬だけ大きな炎の鳥の幻影を見えて、そして芹と重なって、消える。
「よし、行くよー……」
「……お願いだから火事にしないでね?」
「約束はしま……せんっ!」

 芹が右手を振るうと同時に響くは羽搏きの音。同時に炎の羽根が次々に納屋の方へと飛んでいく。どう見ても木造の古い納屋だ、そんなものを喰らえばひとたまりもなく燃え上がるのが目に見えている。納屋に『何か』が住み着いているのであればその力で守られるかもしれないが、確証はない。一応すぐに消化が可能なように、術式の準備だけは整えておく。
 だが、その術式を展開する必要はなかった。炎の羽根は納屋を直撃する寸前に何かに突き刺さって、そして溶けるように消えていく。

「過激な嬢ちゃんだな。ソレに触るなと言っとるだろうが」

 呆れたように、苛立ったように。その声が聞こえたのは――背後。 

「!」
「お、やっとお出ましですねえ」

 振り返れば、そこにいたのは陰気な雰囲気を纏ったぼさぼさの頭の男だった。見た印象だけならばホームレスのようにも見える。だがしかし、律が引っ掛かったのは別のこと。

「『ネクロマンサー』……」
「そっちの兄ちゃんは『ウィザード』で?嬢ちゃんは『神憑り』か。いやあ面倒くさいなあ……」

 ぽりぽりと頭を掻きながら、男は呟く。『ネクロマンサー』――『ウィザード』の対のもの、『彼岸』に引き摺られ『彼方』となった者の力の名。これは想定外だ、と律は息を吐く。今回は芹との仕事だからまだ良いが、一人で此処にいる『何か』と『ネクロマンサー』を両方相手取るのは手厳しい。

「……貴方は何の用事で此処に?」
「そこにあるのをちょいと貰いに来ただけさ。お前ら触れたらすーぐ倒しよるだろうが。勿体無い」
「……ああ成程?従えて自分のモノにしようって訳だ。相容れないな」
「フン、相容れることがあるもんかね。まあいいや、兄ちゃんも嬢ちゃんも手駒になって貰おうか。ちょうど欲しかったんだ」
「茅嶋くんどうしますー?芹は激おこですよ、勝手なことばっか言いくさってマジでふざけんなよこのオッサン」
「芹ちゃん地の元ヤンが出てる元ヤンが」
「おっといけない」

 どうするか、など答えは一つしかない。この『ネクロマンサー』を無視して動いたところで、納屋を開けることを邪魔されるのは目に見えている。目的のものは同じ、欲しい結果は相反している。そして向こうはこちらと戦う気で立っている。そうなれば、選択肢はあってないようなものだ。

「黙らせるよ」
「さっすがー。じゃあ気合入れていっちゃいましょう!」

 律の返答に、にい、と嬉しそうに芹は笑って。その瞳が夕焼けの色のように染まった瞬間、その背中にぶわりと現れたのは炎の片翼。けれどのその炎の熱は、律には全く感じられない。それは律が彼女の敵ではない、という証左。