My Variegated Days

15

「っていうのがー、俺に出来る唯一の恋バナ?」
「……話が重すぎて響がドン引きしてますわよ、恭」
「あれ?」
「いやマジ何で? って顔してるお前がおかしいからな」

 ――それから1年が経ち。恭は大学生となっていた。
 半年ほど前に色々な事件が起きたことをきっかけにピアノが弾けなくなった律は、家にあったピアノを処分した。少しだけ名残惜しそうで、寂しそうな顔をして。その後急に「一部屋空いたし下宿じゃなくて同居でよくない?恭くんの部屋にしよ」と言い出して、急に恭の部屋が出来た。高校卒業を機に本格的に引っ越しして、恭は正式に律の家の下宿人から同居人になったのだった。
 同居という扱いになった手前、大学に入ってバイトを始めた恭は生活の面倒を丸々律に見てもらっていた状況からは抜け出している。あまり受け取ってはもらえないが、一応家賃も支払っている。
 本格的に『ウィザード』として仕事を始めた律は実家や海外で色々としているようで、今ではこの家には月に数度帰ってきたらいい方だ。ほとんど恭の家のようになっていて、時々それでいいのだろうかと考えてしまう。
 しかしそんな状況ではあるので、特に気兼ねはしない。律が不在にしているある日、恭は大学の友人二人とのんびりとしたお泊り会を開催していた。律がいないときに時々開催される、というよりは恭の生活を心配して面倒を見てくれているに近い。
 一人は乙仲 響。大学入学時に知り合った『サイキッカー』で、女子のような見た目をすることを好んでいる。本人曰く「だって俺可愛いから可愛い格好すべきだと思わねえ?」という理由らしい。とはいえ女子らしく振舞うようなことはしないため、時々スカート姿で胡坐座りをするのでこちらがひやひやする。
 響とは、彼がストーカーに追い掛け回されているところを助けて、その縁で仲良くなっている。女子が襲われていると思ったので慌てて助けに行って、男だったことにびっくりしたのが懐かしい。どうにも女子の格好をしているせいで勘違いした男にストーカーをされていたようで、服装を変えればいいのにと言ったものの本人にその気は全くない。
 そしてもう一人は、三条 小夜乃。恭には何が何だか全く分からないのだが、「面白そうだなあと思ったので」という理由で、学部は違うものの恭と同じ大学に入学していた。入学しているものの本当に授業を受けているのかも分からない上に、そもそも彼女は年齢不詳だ。意味が分からないのでその辺りは結局考えるのを止めた。
 現在の恭は、何だかんだとこの二人と一緒に過ごしていることが多い。小夜乃のことは『分体』があまりいい顔をしないが、半分以上諦められている。一応気にはなっているので、律に響のことを紹介する機会はあったのだが、小夜乃のことはまだできていない。恐らく律もあまりいい顔をしないのではないだろうか、と思ってしまうからだ。琴葉の知り合いであれば止めることはしないだろうが、やはり小夜乃は『彼方』――『ディアボロス』であることに変わりはない。

「随分と懐かしい話だと思いましたけど、まだ1年半くらいなんですわねえ、あれから」
「……黙ってりゃイケメンのせいでモテる割に浮いた話ひとつねえヤツだとは思ってたけど、道理でねえハズだわ……てか恭って告白されたらどうしてんの?」
「へ?普通にごめんなさいしてる」

 恭の場合、今のところ全く知らない女子に告白されることがやたらと多い。何度か話したことがある程度の関係でも恭が全く覚えていないとうことは多く、非常に申し訳ない気持ちになってしまう。今日も知らない女子に告白されて、その話から響が恭の今までの恋愛の話に興味を持ったのが話の始まりだった。
 この話を人に話したのは初めてかもしれない、とぼんやり思う。律にもあまり詳しい話が出来ていないままで、律の方も気を遣ってくれているのか聞いてこない。
 恭にとっての、恋愛に関する話。後にも先にも、あの時の事件がただ一度の出来事だ。

「んで?その女の子? 憂凛ちゃん? 今どーしてんの? 小夜は会ったりすんの?」
「狐娘ですか? それはまあ、お姉様のところに来ますもの、あの子。今は医学生ですわよ。その時の事件の際に医師の方々にお世話になって色々と思うところがあったようで、とりあえず医学部で自分で出来ることを探したいとお姉様に報告しておりました」
「って話を俺も琴葉先生から聞いたー」
「ふーん。……会いに行ったりはしねえの? 恭」
「んー……うん……」

 会いに行こうと思ったことがないと言えば、それは嘘になる。やはりもう一度ちゃんと話をした方がいいと思ったことは何度もある。
 けれど、今もまだ恭の中で答えが出ていない。恭が憂凛と共に過ごすことで、憂凛が自分を責めずにいられる方法が分からないというのもひとつの理由。そして憂凛がくれた気持ちに対する答えも、見つかってはいない。
 それでもひとつだけ確かなことは、恭にとって憂凛は『大切な人』であるということだ。
 恭に『ヒーロー』である理由のひとつをくれた、大切な。だからいつか、きちんと再会できる日が来たら、そのとき憂凛に礼を言いたいと思っている。
 それから――それから。思うことは多い。そしてやはり、恭の中ではっきりとした答えは出ていない。それでもきっと、いつか答えが出る日が来ると信じている。
 いつかは恭の中でも、憂凛の中でも、笑い話のひとつにできる日が来るかもしれないと、信じていたいから。

「んで、お前の『此方』と『彼方』の考え方、は聞くまでもねえなー、小夜いるもんな」
「うん。基本は何も変わってない。関係ない。でも、一応殺されそうになったら応戦はするし、ちゃんと信じるまでは一緒にいて気を抜いたりはしないようにする、って決めてる。『此方』から堕っこちた人は特に注意! くらいの気持ちかな」
「ふふ。なら私は信用されていると思っていいのかしら?」
「当たり前じゃん、小夜ちゃんは信じてるに決まってるっしょ。命の恩人のひとりだし!」
「……はー。お前って無駄に苦労背負って生きてんなー」
「そうかなあ」
「ま、馬鹿だしノーテンキだし、俺が思ってるより苦労背負ってなさそうだけどなー」

 はは、と笑って響は手元のコーラを一気飲みする。やはりやることなすこと豪快だなと苦笑しつつも、こうして小夜乃とも普通に過ごしていることを考えれば、響もあまり分け隔てして考える人間ではないのだろう。知らないだけで案外そういう人間もいるのではないかと思ってしまう。
 難しいことは、やはり恭には分からない。恭には自分が思ったようにしかできないまま、色々知っていくことは多いものの、やはりこの先も大きく変わることはないのだろう。

「俺の話は終わり終わり! ねえねえひびちゃんは恋バナないの?」
「ねえよ。その辺の女とか俺より女子力低いし可愛くねえしどっかに居ねえのかよいい女」
「……響の場合は性格が悪すぎて無理ですわね」
「うるっせえよ。かくいう小夜……は……お姉様一筋ってか」
「勿論です」
「俺ら年頃の若者じゃねえのかよ! 何で恋人持ちひとりも居ねえんだよ! 俺も居ねえけど!」
「ていうかひびちゃんストーカー何とかしないとさー」
「……アレな」

 途端げんなりとした表情になる響に、小夜乃と顔を見合わせて笑いながら。
 ああ、平和だな、と思う。いつか何か起こればすぐに壊れてしまう、そんな平和な日常。こういった時間を、守れるだけ守りたいと思う。そしてできれば、長く続いていってほしいとも。
 相変わらず何か起きれば首を突っ込んでしまうので、そんな生活をしている限りはどうしようもないのかもしれないが。

「つか恭そろそろ寝ろよ。明日部活からのバイトだろ」
「うぐ」
「あら。それでは響は私と女子会でもしましょうか」
「えー。2人で何の話すんの超気になる教えて今すぐ教えて」
「まだ何も話してねえだろ!」
「冗談ですわよ。妬かないの、恭。それに私も明日一限から授業ですの。休ませていただきます」
「あ、じゃあ小夜ちゃん俺の部屋使ってー。俺とひびちゃんこっちで雑魚寝な!」
「へいへい」

 ――いつか、憂凛に会えたら。そのとき笑っている自分でいられるように。
 だからこの先も、生きていく。絶対に死ぬつもりなどない。意地でもこの平和な時間を守っていきたいし、意地でも生きていく。それが今恭のやりたいことで、やるべきことだと考えている。
 布団を敷きながら、わあわあと何やら言い合っている響と小夜乃を見る。平和な、いつもの日常。

 明日も、きっと笑顔でいられる。