神僕engage

03

「くそねむい、アケ助けて」
「起きろ」

 ばし。一発強烈な平手を後頭部に食らって、若干意識が覚醒する。目の前には祝詞とかいうものを読んでいる暁天神社の神主さん。もちろん彼はこの神社の『神様』が俺になっていることは知らない。というか、俺のことは誰にも見えていないようなのでそりゃ知る由もない。神社ととんと縁がなかった俺なので、かしこみかしこみって言われても、聞いたことあるような気はするけど何言ってるかさっぱり分からない。
 この神社で過ごすようになって凡そ2週間。ようやっと、いろんなことがちょっとずつ分かってきた。
 まず、俺は自分の名前が分からなくなった。有明のことをアケ、黎明のことをメイと呼ぶことにしたのだが、メイ曰く、終宵様と『入れ替わる』ことになった時にそのまま名前を奪われたからだろうとのこと。今は俺が『終宵』だからということらしい。今の俺には必要のない名前だからってことなんだろう。
 どうも酔っ払いの俺はめんどくさくなって終宵様に「代わってやる」と発言したらしく、それが引き金になって入れ替わることになった、というか入れ替わりを認める形になった、というのが現状。何たるファンタジー。と思うけど、俺にとっては現実で。何より入れ替わった終宵様の方が心配じゃない?人間の俺、結構詰んだ生活してたんだけど。もう死ぬしかねーか?とか考えてたんだけど。今頃元気でやってるのか、ちょっと心配だ。
 そして、神社は意外と忙しいということ。朝早いし。年中なんかしら行事があってそれの準備してたり、お宮参りとか御祈祷とか、あと何か御朱印とかいうものが流行ってるらしく平日でもちょくちょく人は来る。そんなに神社に来る用事あるんだなあ、って俺みたいなのはびっくりすることしかない。全然神社のこと知らないもので、今俺はアケとメイに教えてもらって覚えている最中だ。
 アケとメイは、神使?というらしい。本来は何かの動物らしいんだけど、俺が喋りやすいだろうということで人の形で喋ってくれてるんだとか。神様の手足となって働くお手伝いさんのようなものだと思ってくれたらいい、と言われたけど、俺にとってはまあ、話し相手かつスパルタ講師だ。

「……めっちゃねむい……こんなん数学の授業じゃん……」
「祈祷に来てる人の前で居眠りするのはさすがに良くないです」
「分かってるんだけどさあ……」
「神様のお仕事は『見守ってあげること』ですから。ちゃんと見てあげてください」
「うん」

メイの言ってることは分かる。『終宵』になった影響なのか何なのか、俺はちょっとだけ自分に向けられた人の心の声が聞こえる時がある。いずれは結構聞こえるようになる、とアケに言われた。そしてそれは、俺がどんどん終宵様という存在に成るということだとも。
 アケやメイの言う『終宵様に成る』、その意味は俺にはよく分からない。まだ2週間、正直何も分かっちゃいない。そして考える時間がないくらいにはあれこれ詰め込みされている。なし崩し的にこの状況を受け入れているけれど、俺はこのまま『終宵様』を続けていけるんだろうか。……続けて、いくんだろうか?

分かっていることはもう一つ。
 俺はもう、この神社の敷地からは一歩も出ることは出来ない。この敷地が、俺の世界の全てになった。そう、だから、『終宵』としての行為をやるしか、俺にはやることがない。
 神社から見える俺が暮らしていた筈の街は、今の俺には遠い世界で。そんな生活に嫌気が差したのかな、と、少しだけ思った。